


オーディン、ロキ、ヘーニルが並ぶ写本挿絵(18世紀アイスランド)
旅の道連れとして描かれる三神の一場面。
北欧世界におけるオーディンとロキの友情関係性がにじむ構図。
出典:『SÁM 66, 73v, Odin, Loki and Hoenir』-Photo by Jakob Sigurdsson/Wikimedia Commons Public domain
戦神オーディン、雷神トール、いたずらの神ロキ──北欧神話に登場する神々は、ときに敵を打ち破り、ときに仲間と衝突しながらも、壮大な物語を織りなしていきます。そんな中で、意外にも大切に描かれているのが「友情」というテーマなんです。
神と神との間、人と妖精との間、そして運命に翻弄されながらも支え合う仲間たち…。友情は、戦や裏切りの多いこの神話世界において、心をつなぎとめる“光”のような存在でした。
本節ではこの「北欧に伝わる友情エピソード」を3つ──神々の旅の中で育まれた信頼・死を乗り越える盟友の絆・人と精霊のあいだの助け合い──ご紹介していきます!
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北欧神話には、神々がしばしば人間界を旅するというモチーフがあります。そのなかで、ときどき姿を見せるのがロキ、オーディン、ヘーニルの三神による道行きです。原典では彼らの関係は決して単純な「仲良し」ではありませんが、性格の違いが妙にかみ合う姿から、後世には“奇妙な友情”として語られることもあるんですね。
三人は、深い知を求めるオーディン、慎重すぎるほど静かなヘーニル、そして奔放で場をかき回すロキという、まったくの正反対。にもかかわらず、旅の場面では互いの欠点を補い合うような絶妙な関係性が垣間見えるのです。
ある晩のこと。三神は空腹をしのぐために農家の牛をしめ、煮込みを作ろうとします。しかし、肉はいくら煮ても柔らかくならない。やがて、その理由が巨人スィアツィ(Þjazi)の魔法であることがわかるのです。
ここで動くのがロキでした。苛立ちを隠さず原因を突き止め、強引にスィアツィへ交渉を仕掛けようとします。その一方で、オーディンは冷静に状況全体を見渡し、ヘーニルは慎重に場をなだめるように振る舞う。結果として、三者三様の振る舞いが事件の収束に向けて働いていくのが印象的です。
この出来事は後にイーダ(Iðunn)誘拐の大事件へつながるため、原典ではむしろ緊張感のあるシーンとして描かれます。それでも、こうした場面の積み重ねこそが、異なる三神が行動を共にできた理由であり、どこか人間的な“ゆるい友情”として読みたくなる部分でもあるのかもしれません。
最終的に肉は煮え、旅は続いていきます。価値観も気質も違う三人が、それでも同じ方角へ歩いていく──そんな姿が、このエピソードの静かな魅力になっているのです。
次に紹介するのは、神々の中でもっとも美しく、優しさに満ちた神バルドルと、彼の兄弟ヘズの悲劇的な絆です。
バルドルは皆から愛されており、母フリッグは息子を守るために、世界のあらゆるものに「バルドルを傷つけない」と誓わせました。
唯一、ヤドリギだけがその誓いから外れていたことに気づいたロキは、それを利用して恐ろしい罠を仕掛けます。
ロキは、盲目のヘズにヤドリギの枝を手渡し、「投げてみろ」とそそのかします。
ヘズはそれがバルドルを傷つけるとは知らずに従い、その結果…バルドルは命を落としてしまうのです。
これはもちろん「裏切り」ではなく、深い信頼関係があったからこそ成立した、悲劇の友情でした。
バルドルの死後、神々はヘズを責めるどころか、ロキの罪を糾弾し、バルドルを取り戻そうと奔走することになります。
この物語は、友情の「もろさ」と同時に、「信じていたからこそ傷ついた」という深いテーマを静かに語っているんです。
最後に紹介するのは、北欧の民間伝承に伝わる、人間とトロールのあいだに生まれた、どこか温かな物語です。
昔、深い森の近くにひとりの貧しい木こりが暮らしていました。冬になると薪を集めるのが日課でしたが、ある雪の晩、視界を失って森で道に迷ってしまいます。凍える木こりの前に現れたのは巨大なトロールで、「このままだと命は危ない、ついて来い」と声をかけてきたと伝えられています。
恐怖を感じながらも、木こりはその厚意を受け入れ、トロールの家で暖を取らせてもらうことになりました。
それからというもの、木こりは何度かトロールに助けられることがあり、逆に自分の持つ道具や食べ物を分け与えたこともあったと言います。ふたりは友達と呼ぶには不思議な距離感ですが、敵対するわけでもなく、どこかで支え合ってしまう関係でした。
この伝説が語るのは、異なる存在同士でも、ふとした瞬間に理解が生まれるという、北欧の自然信仰らしい感性です。
本来は脅威とされるトロールであっても、森という同じ場所に生きているからこそ育まれた、ささやかな信頼。そこには確かに、一般的な友情とは違うけれど、“友情の芽”と呼べるような関係が息づいていたのかもしれませんね。
というわけで本節では、「北欧神話と伝承における友情」の物語を3つご紹介しました。
旅と危機を共にした神々の絆、悲劇に引き裂かれた兄弟のような友情、人と精霊が交わす言葉なき信頼──どれも、単なる仲良しエピソードではありません。
友情とは、性格の違いを超え、信じる気持ちを持ち続けること。
神話のなかの彼らが教えてくれるのは、「絆」とは、互いの違いを受け入れた先にあるのだということなのかもしれませんね。
🪵オーディンの格言🪵
剣を交えることは容易い。されど──心を預け合うことのなんと難しきことか。
神と神、人と精霊──それぞれが違えど、歩み寄る意志があれば、そこに芽吹くものがある。
友情とは、理解できぬ他者に手を伸ばす勇気じゃ。
ロキ、ヘーニル、わし──性質は異なれど、危地においては背を預けた。
バルドルとヘズの絆は、誤解によって裂かれながらも、信の深さを物語った。
トロールと人のあいだに生まれた沈黙の信頼も、また一つの「絆」のかたちよ。
共に笑うよりも、共に立ち向かうことにこそ、真の友情は宿るのじゃ。
時に脆く、時に温かく──それゆえに、友情の記憶は永く語り継がれるのじゃ。
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