


氷の巨人とトールの戦い(『アースガルズ物語:北欧神話の物語』挿絵)
北欧神話の霜の巨人で、冷気と混沌を体現する存在。
ヨトゥンヘイムに棲み、しばしば神々と対立する勢力として描かれる。
出典:『Thor's Battle with the Frost Giants』-Photo by H. L. M./Wikimedia Commons Public domain
氷と霜に覆われた世界ユミルの誕生、トールとフリムスル族との一騎打ち、そして神々の終末ラグナロクにおける氷の巨人たちの猛進…。北欧神話には、自然の過酷さをそのまま体現したような「氷の巨人」たちの物語がいくつも登場します。でも彼らって、一体どんな存在なのでしょう?
実は「氷の巨人」とは、ただの悪役ではないんです。彼らの中には神々の祖先もいれば、人間に知恵を授ける存在さえいて、一言ではとても語り尽くせません。
本節ではこの「北欧神話の氷の巨人」というテーマを、神話の原初に立つ始祖・神々と戦う武者・そして魔法に通じた知恵者──という3つのキャラクターを軸にして、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!
|
|
|
氷の巨人を語るうえで、まず外せないのがユミルという存在です。
世界のはじまり、まだ何もなかった頃、「ニヴルヘイム」の冷気と「ムスペルヘイム」の炎が交わることで生まれたのがこのユミル。彼は氷と霜の力を持つ最初の巨人であり、すべての霜の巨人──すなわち「フリムスル族」の祖先なんです。
ユミルは、自分の体から勝手に別の巨人たちを生み出していきました。しかも、乳を出す雌牛まで生まれてしまうという、ちょっと不思議でシュールな展開。これぞ北欧神話ならでは、ですね。
ここで驚くのが、オーディンを含む神々がユミルを殺したという展開。
しかもその死体を使って、この世界が作られていくんです。骨から山、血から海、頭蓋骨から空ができたなんて、想像するだけでゾクゾクしますよね。
つまりユミルは、「破壊」と「創造」の両方を体現する存在だったというわけなんです。
「氷の巨人」と神々の戦いといえば、やっぱりトールの出番。
中でも有名なのが、霜の巨人スリュムとトールのエピソードです。なんとスリュムは、トールの大事な武器「ミョルニル(雷のハンマー)」を盗み出し、それと引き換えにフレイヤを嫁によこせと神々に要求してくるのです。
神々はこの非常事態に大慌て。トールはフレイヤに変装してスリュムの館に潜入し、婚礼の席でハンマーを取り戻して彼を倒すという、まるでコントのような展開を見せてくれます。
ここで大事なのが、スリュムがただの「悪者」ではないという点です。
彼はずる賢く、神々を出し抜くほどの頭脳と度胸を持っていたし、フレイヤの美しさに本気で惹かれていたふしもある。つまり霜の巨人たちは、神々と同じくらい感情豊かで、人間らしい側面を持っていたんです。
そう考えると、神々との衝突は単なる正義と悪の戦いではなく、“世界のバランス”を巡るぶつかり合いだったのかもしれません。
ちょっと意外かもしれませんが、「氷の巨人」の中には神々と協力関係にある存在もいます。その代表格が、知恵の泉「ミーミルの泉」を守っていたミーミルという霜の巨人です。
彼の泉を一口飲むだけで、あらゆる知識と深い理解力を得られるとされていて、あのオーディンもこれを求めて訪れます。
ミーミルは泉の守人として、オーディンに「代償として片目を差し出すなら」と交換条件を出すんです。結果、オーディンは片目を失ってでも未来を見通す力を得ようと決意。ミーミルは、その力を与えた存在として、神々からも一目置かれていたんですね。
ミーミルの存在は、「霜の巨人=敵」という単純な図式では語れないことを教えてくれます。
彼のように、神々と関わり、協力し、世界の知の在り処を守る存在もいた。つまり巨人たちの中には、敵でも味方でもない“中間的な立場”のキャラクターがいたというわけです。
このバランス感覚こそ、北欧神話が単なる善悪の物語にとどまらず、深みを持つ理由のひとつだと思うんです。
というわけで、「氷の巨人」と一口に言っても、その役割はじつに多様です。
世界そのものを形づくった存在・神々に刃向かう戦士・そして知恵の泉の番人──それぞれが違う角度から、神話世界に影響を与えていたのがわかります。
神々と巨人の関係は、単なる対立ではなく、ぶつかり合いながらもお互いに必要な存在だったのかもしれませんね。そう考えると、彼らの物語はますます面白く感じられてきませんか?
❄️オーディンの格言❄️
氷の巨人たちは、恐るべき敵にして、わしらの“始まり”そのものなのじゃ。
ユミルの息が凍り、大地となり、海となった。そこに生まれたわしら神々もまた、その血脈を受け継ぐ者。
トールがミョルニルを振るうたび、混沌は打たれ、しかし消えることはない。
秩序は氷の縁でこそ鍛えられる──対立こそが世界を形づくる炉なのじゃ。
氷が溶け、炎が燃え、また霜が降りる。
この循環の果てに、わしらの物語は息づく。
ゆえに巨人を憎むでなく、畏れをもって敬うがよい。
彼らこそ、永遠に世界を動かす“冷き根源”なのだから。
|
|
|
