北欧神話の「薬学・医学」の女神といえば?

北欧神話の「薬学・医学」の女神とは

エイルは、北欧神話において医術と癒しを司る神秘の女神だ。薬草と呪文を操り、命をつなぐ力を持つとされ、森の女神メングロズに仕える九人の侍女の一人として語られる。戦いの神々の物語の中で、彼女は“癒し”というもう一つの力の尊さを体現する存在であるといえる。

メングロズの侍女が担う癒しと再生の力北欧神話の「薬学・医学」の女神を知る

薬学と医学の女神エイル(メングロズの侍女として描かれる)

9人の侍女に囲まれた女神メングロズ
9人のうちの1人「エイル」は、医術の女神として語られる。

出典:『Menglod and Nine Maidens by Froelich』-Photo by Lorenz Frolich/Wikimedia Commons Public domain


 


傷ついた戦士を癒す者、病を祓う知恵の持ち主、そして魔術と薬草の力を操る女神たち──北欧神話には、「医療」や「癒し」にまつわる女神たちが静かに息づいています。神々の戦いが繰り広げられる世界で、命をつなぐその存在は、とても重要だったんですね。


実は北欧神話における「薬学・医学」は、現代のような科学というより、魔術・自然とのつながり・霊的な知識と深く結びついた概念なんです。その力を担ったのは、強くて穏やかな女性たちでした。


本節ではこの「薬学・医学の女神」というテーマを、医術の女神エイル・薬草と魔術の達人フレイヤ・民間伝承の癒し手フルドラという3人の視点に分けて、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!



エイル──神々に仕えた癒しの医術師

まず最初にご紹介するのは、北欧神話における「医術の女神」として知られる存在、エイルです。彼女はアース神族に連なる存在とされており、怪我や病気を治す力に特化した癒しの神です。


神話では多くを語られない彼女ですが、その存在感はなかなかのもの。特に、『スノッリのエッダ』では「最も優れた女医の一人」として名が挙げられているんです。


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メングロズに仕える癒しの女神

興味深いのが、エイルは「メングロズ」という名の女神に仕えていたとされること。メングロズは『スヴィプダーグの歌』に登場する女性で、正体や役割は曖昧ですが、しばしば薬草や魔術に長けた女性神の象徴と解釈されています。


つまりエイルは、ただの医者ではなく、神秘と治癒をつなぐ“知恵の継承者”でもあったんですね。


神々の世界でも戦いが絶えなかった北欧神話の中で、エイルのような存在はとても重要だったはずです。力や武器だけでは命を守れない──そのことを教えてくれる女神です。


❄️医術の女神エイルの関係者一覧❄️
  • フリッグ:中世後期資料の『巫女の予言』の解釈では、フリッグに仕える侍女のひとりとしてエイルの名が挙がるが、明確な配属関係は史料によって異なる。
  • ワルキューレ:『スノッリのエッダ』ではエイルという名がワルキューレ一覧にも見られ、「医術の女神エイル」と「ワルキューレ名としてのエイル」が同一かは不明。後世の資料では両者が同一視されることがある。
  • メングロズ:『スヴィプダーグの歌』では、エイルはメングロズの侍女として登場する。
  • アース神族:神々の間で「最良の医者」とされ、治癒の技を象徴する存在として重要視される。
  • 人間の治癒者:後世の伝承では、エイルは医師(特に女性治療者)の守護者とみなされることがあり、北欧文化における癒しの象徴として扱われる。


フレイヤ──薬草と魔術の女神

次に登場するのは、北欧神話の中でもとびきり有名な女神、フレイヤです。彼女は愛と美と豊穣の神ですが、同時に「セイズ」という強力な魔術を操る存在でもあります。


このセイズという魔術には、未来予知・変身・癒し・呪術など、さまざまな力が含まれていて、フレイヤはその使い手として、アース神族の中でも一目置かれていたんです。


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癒しと呪術、その境界線

面白いことに、セイズの力をオーディンに教えたのもフレイヤだとされているんです。つまり、神々の王さえも彼女から学ばなければならなかったわけですね。


このセイズの中には、「病を取り除き、命を守る」薬草の知識がたくさん詰まっていたと考えられています。


つまりフレイヤは、表向きは恋と美の女神でも、裏では自然の知識と呪術を巧みに操る薬学の達人だったというわけです。


魔術と薬学は、神話世界ではほとんど同義だった──そう思うと、彼女の多面的な魅力がより際立って見えてきますね。


❄️フレイヤの関係者一覧❄️
  • オーディン:戦死者の半数を自身の館セスルームニルへ迎える点で強い機能的接点があり、死後世界や戦の領域で役割が交差する。
  • フレイ:兄神であり、豊穣と平和を司るヴァン神族の主格。フレイヤとともにヴァン神族の重要な柱を成す。
  • ニョルズ:父神で、海と風を支配するヴァン神族の神。フレイヤの神族的出自を示す系譜の中心となる。
  • オーズ:フレイヤの夫とされる不可思議な存在。彼の長い不在を嘆くフレイヤの涙が黄金となるという伝承と深く結びつく。


フルドラ──民間伝承に生きる森の癒し手

最後にご紹介するのは、北欧神話というよりも北欧の民間伝承から登場する女性精霊、フルドラ(Huldra)です。彼女は人間の女性のように見えますが、背中には空洞があり、尻尾を持つといわれています。


このフルドラたちは、森の中に住み、薬草や癒しの知識にとても詳しい存在として伝えられてきました。


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隠れ里に暮らす“癒しの妖精”

フルドラたちは、森で迷った人間に道を教えたり、傷ついた旅人を介抱したりする話がいくつも残っています。その一方で、約束を破った者には手厳しく、善悪のバランスを重んじる精霊としても知られています。


薬草や自然の知識を持つ彼女たちは、まさに「古の薬師」といった存在。北欧の村々では、森の奥から薬草をもたらす女性を「フルドラの仲間」と呼ぶこともあったそうです。


神話の女神とは少し違いますが、北欧の人々にとっては、身近な“癒しの存在”だったんですね。


 


というわけで本節では、「薬学・医学の女神」というテーマで、エイル・フレイヤ・フルドラという3つのキャラクターをご紹介しました。


彼女たちに共通していたのは、自然や魔術と深く結びついた「命を守る知恵の持ち主」であるということ。


現代のような医療技術がない時代において、薬草や祈り、そして霊的な知識こそが人々を癒してきたわけです。だからこそ、神話の中でも「癒しの女神たち」は静かに、でも確かに重要な役割を果たしているんです。


彼女たちの存在を知ると、神話の世界がぐっと優しく見えてくるかもしれませんね。



🌿オーディンの格言🌿

 

戦の後に残るもの──それは傷ついた者たちの痛みと、癒しをもたらす静けさじゃ。
エイルは騒がぬ。だがその手は、命の灯を絶やさぬようそっと包む。
わしらの物語において、「癒す者」は決して脇役ではない。
命をつなぎ、語り継がせる力こそ、最も深き神威なのじゃ
彼女が薬草を煎じ、祈りとともに手を差し伸べる時──世界の痛みは、わずかでも和らぐ。
声なき者を救う力、それが真の強さというものよ。