


兄弟神バルドルとヘズ
盲目の弟ヘズがロキの策略でヤドリギの矢を放ち、
兄バルドルを射抜いてしまう兄弟の悲劇を描いた場面。
出典:『The Death of Balder』-Photo by Christoffer Wilhelm Eckersberg/Wikimedia Commons Public domain
トールとロキのにぎやかな冒険や、オーディンが世界を切り開く場面、そしてバルドルとヘズの悲しい物語など、北欧神話には“兄弟”が深く関わるエピソードが本当にたくさんありますよね。どれも、家族ならではの距離感が物語を大きく動かしていくのが面白いところなんです。
そして、意外に感じるかもしれませんが、北欧神話では「兄弟関係が運命を決める」と言っても過言ではないほど、兄弟の存在が物語のテーマと直結しています。とくに、あのバルドルとヘズの悲劇は象徴的で、読むたび胸がぎゅっとなるほどです。
本節ではこの「兄弟」というテーマを、神族・巨人族・ドワーフ・そして人間──という4つの視点に分けて、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!
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北欧神話における“兄弟”の物語は、世界の始まりから神々の時代の終わりまで深く関わっていて、そこには人間味たっぷりのドラマが詰まっています。
とくにオーディン・ヴィリ・ヴェーの三兄弟と、バルドルとヘズの対照的な兄弟の物語は、北欧神話全体を通して“兄弟が運命を動かす存在”であることを強く示しているんです。
まるで、神話の流れそのものが兄弟の行動によって編まれているようで、読んでいてワクワクしてしまうんですよね。
彼らの特徴は、力や性格の違いが物語のエネルギーとなり、世界や神々の運命を左右していくところにあります。
そのため、神族の兄弟は単なる家族以上の役割を持ち、神話世界の“柱”ともいえる存在なんです。
まず触れておきたいのが、世界の始まりを作ったオーディン・ヴィリ・ヴェーの三兄弟です。
この兄弟は、混沌が渦巻く時代に生まれ、巨人ユミルを討ち倒すという大仕事を成し遂げました。
そしてユミルの身体を使って大地、海、山、空といった自然の世界を作り上げたんです。
3人それぞれの力がないと世界が成立しなかったという描かれ方が、本当に象徴的なんですよね。
オーディンは知恵と魔術、ヴィリは意思や決断、そしてヴェーは神聖な力を担い、まるでパズルのピースのように役割を分担していました。
この三兄弟の協力があったからこそ、秩序ある世界が誕生したわけで、“兄弟の力が世界の根っこを作った”と言えるのです。
神話を読み進めるほど、この三兄弟の存在がどれだけ大きいかがじんわり伝わってくるんですよ。
そして、世界の始まりを作った兄弟の物語とは対照的に、神々の時代の転換点を作ってしまったのがバルドルとヘズの兄弟でした。
光の神バルドルは、神々からだけでなく世界中から愛される存在で、彼が傷つかないようにほとんどすべてのものが“害を加えない”と誓うほどでした。
一方のヘズは盲目で、静かに生きる優しい神。注目を浴びることはなかったものの、兄を大切に想っていたと言われています。
しかし、ここにロキが介入します。
ロキはヘズの純粋さにつけ込み、ヤドリギの矢を手渡し、無邪気な遊びのつもりで兄へ向けて投げさせたのです。
結果としてヘズは、自分の意図とは全く別に兄バルドルの命を奪ってしまいました。 “愛していた兄を傷つけてしまった”という悲劇は、神々に深い痛みを残し、ラグナロクへと続く運命の歯車を動かしてしまいます。
こうして、世界を創り出した兄弟と、世界の終わりを呼び寄せた兄弟という対照的な関係が、北欧神話の壮大な流れを形作っているんです。
兄弟という存在が持つ力の大きさに、思わずため息が出てしまうほどですね。
さて、兄弟といえば神族だけと思いがちですが、巨人族にも忘れられない兄弟がいます。
巨人族はとにかくパワフルで、まるで自然そのものを体現したような存在ですが、兄弟間の関係が荒々しく見える一方で、妙に人間くさいところもあるんですよ。
たとえば北欧神話の根っこに登場するユミルの物語。ユミル自身が兄弟を持っていたというより、彼の体から新たな巨人を含む多くの存在が生まれていきました。そこには、互いに力を誇り合ったり、領域を巡ったりする“兄弟的な関係性”が見られます。
巨人族の兄弟といえば、山と氷、風と火──そんな組み合わせを思わせる対比がしばしば描かれています。
互いの違いをぶつけ合うことで世界が形づくられていくという描かれ方がされているので、兄弟の関係が“自然のバランス”を象徴しているようにも読めるんです。
神々との争いの中心に巨人族が立つことが多いのは、彼らが持つ“兄弟的な力の拮抗”が、そのまま世界のゆらぎを表しているからなのかもしれませんね、というわけなんです。
ドワーフの兄弟といえば、まず思い出したいのがブロックとシンドリという職人兄弟です。
彼らは、とにかく腕がいい。神々の持つ名だたる宝物──オーディンの槍グングニルや、トールのハンマー・ミョルニルなど──を生み出したことで知られています。
この兄弟は、互いを高め合うようにして作業を進めるのが特徴で、まるで「兄弟の連携」が作品の力そのものになっているような感じすらします。
神々の依頼に応えるために、何日も炉の前で作業し続ける姿を想像すると、ちょっと胸が熱くなるんですよね。
ドワーフの兄弟は、小柄な体にもかかわらず、世界を動かすほどの力を持つ宝物を作り出します。
その背景にあるのが、兄弟で息を合わせながら鍛冶の仕事を進める独特のリズムなんです。
思わぬ失敗やロキの妨害が入りつつも、最終的に必ず素晴らしい品を完成させてしまうのは、兄弟の信頼関係がしっかりしているからこそ。
“兄弟だからこそできる仕事”というのが、物語のなかでしっかり光っています。
最後は、人間の兄弟たち。
北欧神話には人間の物語もときどき登場し、その中には神々のドラマを映し出すような兄弟の姿が見られます。
人間の兄弟たちは、神々のような力は持っていませんが、むしろその“弱さ”が神話全体をより温かく、深いものにしているんですよね。
人間同士の助け合い、ちょっとした対立、誤解、和解──これらは神族や巨人族の兄弟関係と重なる部分が多く、“兄弟”というテーマがどれだけ普遍的かを感じさせてくれます。
人間の兄弟エピソードでは、「身近な家族だからこその感情」が強く描かれるのが特徴です。
絆の深さ、ちょっとしたすれ違い、そして再び寄り添う姿──それらが、神々の大きな物語の“縮図”のように機能しているんです。
だからこそ、北欧神話を読んでいると、ときどき“神々と人間って、案外同じようなことで悩んでいるんだな”なんて思ってしまう瞬間があるわけなんです。
というわけで、“兄弟”という視点で北欧神話を眺めてみると、神族の悲劇的な宿命、巨人族の自然のような力比べ、ドワーフの協力し合う名工ぶり、そして人間の温かい感情が、それぞれ違った色合いで輝いて見えてきます。
特にバルドルとヘズの物語は、兄弟という存在の重さと、そこに宿る希望と痛みを象徴するエピソードでした。
兄弟だからこそ生まれる力、すれ違い、そして物語を動かす不思議な縁──それらが北欧神話を“生きた物語”にしているんですね。
🌄オーディンの格言🌄
光と闇──それは、遠きものではない。
わしの子バルドルとヘズのごとく、光を放つ者と、それを見えぬ者は、実の兄弟として生まれた。
悲劇は、いつも“誰かの策略”から始まる。されど、それを背負うのは、罪を知らぬ者だったりもするのじゃ。
許されぬことをしてしまった者にも、また歩き出す道がある。
ラグナロクの灰の中からふたたび立ち上がる彼らの姿は、赦しと再生の象徴といえよう。
我ら神々も、人の世も──過ちの先にこそ、ほんとうの絆を見出すのかもしれんな。
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