


フニットビョルグ山に穴を開けるオーディンの挿絵
詩蜜の酒が秘蔵されたフニットビョルグ山に、
巨人バウギの錐ラーティで穴を開け、蛇に姿を変えたオーディンが侵入を図る場面。
出典:『Odin wins for men the magic mead by Willy Pogany』-Photo by Willy Pogany/Wikimedia Commons Public domain
山って、見上げるだけでちょっとドキドキする場所ですよね。
神話の世界でも、山はただの自然の一部じゃなくて、「神々が住む場所」「巨人の砦」「別世界への通路」として、とても特別な存在だったんです。
フリームスキス山で霜の巨人がトールを待ち構え、カトラ火山では地獄の門が開き、ヒミンビョルグでは虹の橋を守る神が見張っている──そんなドラマチックな伝承が、北欧にはたくさんあります!
というわけで、本節では「北欧神話における山」というテーマで、巨人の山・地獄の山・天界の山・詩の隠し場所になった山の4つをめぐりながら、神話の風景にひたっていきましょう!
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最初に紹介するのはフリームスキス山。
この山は、強大な霜の巨人スリュムが住んでいたとされる、まさに「巨人の砦」のような場所です。
北欧神話の中でも特に人気のあるエピソード──トールがミョルニル(雷のハンマー)を盗まれ、女装して取り返しに行くという話──の舞台になったのが、この山です。
スリュムは、盗んだミョルニルを返す代わりに、フレイヤとの結婚を要求。
トールは花嫁に化けてこのフリームスキス山の館に乗り込みます。
トールが女装してごちそうをむさぼる姿は、真剣なのに思わず笑ってしまう名シーンなんです。
でも、この山がなければ、この名エピソードも生まれてなかったかも。 フリームスキス山は、「神と巨人の知恵比べと力比べ」が繰り広げられる、北欧神話らしい舞台なんですね。
アイスランドでは、火山と氷河が重なり合う独特の大地が、古来より神話的想像力をかき立ててきました。多くの山や洞窟が“この世ならぬ領域へ通じる場所”として語られてきた中で、ひときわ畏怖の対象となったのがカトラ火山(Katla)です。
この火山は巨大氷河ミールダルスヨークトルの下に潜む活火山であり、噴火すれば氷河を突き破り黒い濁流──氷河洪水(ヨークルフロイプ)を引き起こします。こうした地の底から噴き上がる原初的な力が、カトラ火山を“境界が揺らぐ山”として際立たせたのです。
カトラ火山は古くから、しばしば 「この世と下界が触れ合う裂け目」として語られました。
これは単なる迷信ではなく、 氷の大地が震え、暗い裂け目から熱風と黒煙が噴き上がる光景が、別世界の気配をまとって見えた
ためです。
突発的な噴火や濁流は、人々にとって 「地下の世界が動いたときに現れる兆し」と捉えられ、カトラ火山は自然の脅威と異界の象徴性が重なる場所となりました。
アイスランドでは、大地にはランドヴェッティル(地の精霊)やフルドゥフォルク(隠れ人)といった存在が住むと信じられ、山や火山にも意思が宿るとされました。
そのため、カトラ火山には
「氷と火を操る強き精霊が眠っている」
「山の怒りに触れると大地の層が軋む」
といった語りが生まれ、火山そのものが人格を備えた存在のように描かれたのです。
北欧神話では、 この世と彼方の世界、氷の領域と火の領域、生者の界と静寂の界といった境界が、しばしば山や裂け目によって象徴されます。
カトラ火山は、 氷河(氷の世界)と火山(火の世界)が直接触れ合う稀有な場所であり、まさに“自然の中の境界”として語られました。
その姿は、北欧神話における ムスペル(火の国)や ニヴルヘイム(氷霧の世界)といった概念にも通じ、自然現象と神話的象徴が重なり合う典型例といえます。
続いては、神々の世界「アースガルズ」と人間界をつなぐ虹の橋「ビフレスト」の終点にあるとされる、ヒミンビョルグ。
この場所には、虹の橋の番人である神ヘイムダルが館を構えていて、いつでも巨人の襲来に備えて見張りを続けているんです。
ヒミンビョルグは、神話の中でももっとも高い場所にあるとされる“境界の山”。
「天の山」という名前のとおり、神の世界とこの世の交差点に位置づけられています。
ヘイムダルが角笛ギャラルホルンを吹くとき、ラグナロク(終末の戦い)が始まる──そんな重要な場所にある山でもあるんです。
この山を想像すると、いつも静かに世界を見守る神の存在を、すこし身近に感じられる気がしませんか?
最後にご紹介するのは、ちょっと異色の伝説が残る山、フニットビョルグ。
ここは、詩や知恵の源とされる「蜜酒」が隠されていた場所として有名です。
この蜜酒は、飲むと詩人になれる、つまり「言葉の魔法」を手に入れられるとされていて、神々も巨人も手に入れたがっていたんですよ。
蜜酒は最初、巨人スットゥングが手に入れ、娘のグンラウズがこのフニットビョルグの奥深くにある洞窟で守っていました。
オーディンは知恵を求めてこの山にやってきて、さまざまな手段を使って蜜酒を手に入れます。 この山は、「力」ではなく「知恵」が勝つという、神話の奥深さを象徴する場所でもあるんです。
神話に出てくる山の中でも、「ことば」と「創造」の力が眠る特別な山として、ちょっと異なる魅力を放っています。
──こんなふうに北欧神話には、それぞれの「山」にドラマがあって、神々や巨人たちの物語がぎっしり詰まっているんですね!
🏔オーディンの格言🏔
山というものは、ただそびえる岩の塊ではない。
そこには「力を誇る巨人」も、「門を守る神」も、「言葉を隠す霊」すら潜んでおる。
わしが蛇となり、詩の蜜酒を奪いしフニットビョルグ──あれもまた、知恵を渇望した末の試練の舞台じゃ。
山はいつの時代も、「境界」と「叡智」が交わる場所として、わしらの記憶に刻まれておる。
頂に至るには道を選ばねばならぬ。力だけでは開かぬ扉もある。
トールが笑いを纏い、ヘイムダルが静かに構え、わしが策を弄したそのすべての山々が──
九つの世界の記録を、いまだ風のかたちで語り継いでおるのじゃ。
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