


角を持つ神ケルヌンノス(グンデストルプ大釜)
ケルト神話の代表的神像。
北欧神話との比較でも自然崇拝や他界観の通底を示す。
出典:『Gundestrup Cernunnos』-Photo by Kern8/Wikimedia Commons Public domain
神話って、その土地の人々の考え方や暮らしぶりがぎゅっと詰まっていて、本当におもしろいですよね!
たとえば「北欧神話」と「ケルト神話」は、どちらもヨーロッパの古い神話ですが、神さまの姿や世界観、ストーリーの雰囲気がまったく違うんです。
でも一方で、自然を敬う心や戦いと死に対する考え方など、どこか似たところもあって、思わず「ここ、つながってる?」とワクワクしてしまう場面もあります。
中でも注目したいのが、ケルト神話の角を持つ神ケルヌンノス。彼の姿は、北欧神話の神々とはまったく違うのに、どこか共通点もあるんです。
というわけで本節では「ケルト神話と北欧神話の比較」というテーマに立って、ケルト神話の特徴・共通点・そして両者の決定的な違い──この3つをポイントに、たっぷり語っていきます!
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まずは、あまりなじみがないかもしれないケルト神話がどんな神話なのかからご紹介します。
ケルト神話は、現在のアイルランドやスコットランド、ウェールズなど、いわゆる「ケルト文化圏」で語られてきた古代の神話です。
その魅力は何といっても、森や川、動物といった自然が神話の中心にあること。そして、妖精や精霊が登場する不思議な物語が多いことなんです。
ケルト神話の中でも特に象徴的な存在が、ケルヌンノスという神さまです。
頭にシカの角を持ち、動物とつながりの深い“自然と豊穣”の神として知られていて、森の奥で静かにたたずむような神秘的な雰囲気があります。
彼は人間のような姿をしていながら、動物たちと心を通わせる“橋渡し役”のような存在でもあり、争いや支配とは無縁なタイプ。 力強さよりも「調和」や「循環」のイメージが強い神さまなんです。
さて、ケルト神話と北欧神話って、時代や場所がちがうのに、どこか似ている部分があるんです。
そのひとつが、どちらの神話にも自然の力や死後の世界への深い関心があるという点です。
たとえば、北欧神話の神々も山や木、雷や風といった自然現象に強く関わっていて、トールは雷、フレイヤは豊穣と愛を司っていましたよね。
さらに興味深いのが「死」に対する考え方です。
どちらの神話でも、死は終わりではなく、別の世界へ移る旅のように描かれているんです。
北欧神話では、戦士たちはヴァルハラに迎えられ、神々とともに来るラグナロクに備えるという考え方があります。
一方、ケルト神話では「アナウン」や「ティル・ナ・ノーグ」と呼ばれる死後の楽園があり、人々はそこで不老不死の存在になると信じられていました。
自然と死後の世界に“神聖さ”を感じる感覚は、両者に共通する美しい価値観と言えるでしょう。
共通点もあるとはいえ、この2つの神話には大きな違いがいくつかあります。
そのなかでも特に目立つのが神々のキャラクターと役割の違いです。
北欧神話の神々はとにかく行動的で、よく戦います。雷神トールは巨人と戦い、オーディンは知識と引き換えに自らを犠牲にし、ラグナロクでは神々が壮絶な最期を迎える──そんな激しい物語が多いんです。
これに対して、ケルト神話の神々はどちらかというと、自然との調和や知恵、芸術的な力を大事にする神々が多いです。
ケルヌンノスのように、動物や森の精霊と共にある静かな神の存在は、戦争や武勇を重んじる北欧神話の神とは正反対といえるかもしれません。
また、神話全体の物語構造も違います。 北欧神話は「始まりから終わり(ラグナロク)」までの時間軸がある物語体系ですが、ケルト神話はエピソードごとに語られる断片的な物語が多く、時間の流れもあいまいなんです。
まるで森の中を歩いていて、ところどころに落ちている宝石を拾っていくような──そんな語りのスタイルがケルト神話の魅力でもあります。
戦いの神々と、自然の神々。
はっきりとした違いがあるからこそ、どちらの神話もますます面白いんです!
それぞれの神話が伝えてくれるメッセージ──あなたはどちらに惹かれますか?
🍃オーディンの格言🍃
わしらの物語は、やがて終わる運命にある──されど、それがすべてではない。
ケルトの神々は語る、死ののちに再び始まる円環を。
「時は流れるだけでなく、めぐりもする」──この世に在る神々の姿もまた、文化の鏡なのじゃ。
北風が語るのは、終末と決意の物語。
西風が運ぶのは、夢と再生の予感。
どちらも尊く、どちらも人の心に根ざす「神々のことば」よ。
──異なる神話を知ることは、わしら自身の“在りよう”を映し出すことに他ならぬのじゃ。
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