


冥界の神ヘル
死の国ヘルヘイムを支配する存在で、半身が青白い姿として描かれることが多い。
北欧神話の冥界を象徴する女神像。
出典:『Hel (1889) by Johannes Gehrts』-Photo by Johannes Gehrts/Wikimedia Commons Public domain
燃え盛る戦場で倒れた勇者がヴァルハラに向かう一方で、病や老いで命を終えた者たちは、静かな死後の世界へと旅立っていきます──そう、北欧神話には「冥界(ヘルヘイム)」と呼ばれるもうひとつの死者の国が存在していたんです。
そこを治めるのは、美しくも恐ろしく、半身が生と死を分かつ存在、ヘル。彼女だけでなく、死の世界には他にも不思議で印象的な神秘的キャラクターたちが関わっているんですよ。
本節ではこの「冥界の神」というテーマを、冥界の支配者ヘル・冥界との橋を架けるヘルモーズ・死者の運命に関わるモーズグズ──という3つの存在から、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!
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まず最初に紹介するのは、北欧神話における冥界の女神ヘル(Hel)です。その名前そのものが冥界の名にもなっていることからもわかるように、彼女は死後の世界を象徴する存在なんです。
父は狡猾なロキ、母は巨人族のアングルボザ。つまり、神でもなく完全な巨人でもない“境界に立つ存在”として描かれています。
ヘルの姿はとても特徴的で、片側の身体は美しく、もう片方は青ざめた骸骨のよう。この見た目こそが、「生と死」「安らぎと恐怖」の両面を象徴しているとも言われています。
彼女の治めるヘルヘイムには、戦死者以外の死者たち──老衰や病気などで亡くなった者たちが集まります。
その冷たい静寂の世界は、悲しみに満ちている一方で、どこか落ち着いた受容の空気もあり、「生の終わり」を迎える者たちに安らぎを与える空間として語られることもあるんです。
続いて紹介するのは、バルドルの死を受けて、ヘルのもとに交渉に赴いたアース神族の神、ヘルモーズ(Hermóðr)です。
彼は神々の使者として、死後の世界ヘルヘイムに向かい、バルドルを取り戻すための旅を決意します。
ヘルモーズは、オーディンの八足の馬スレイプニルに乗って、冥界の奥深くへと一人で旅立ちます。その旅路は9日9夜にも及ぶ過酷なもの。
ついにヘルヘイムにたどり着いた彼は、ヘルに「バルドルを返してくれ」と願い出ます。ヘルは「全世界のあらゆるものが涙を流したら返す」と答えるのですが…。
この物語の中で、ヘルモーズは「冥界に足を踏み入れた生者」という非常に珍しい存在。生と死をつなぐ“橋渡し役”として、北欧神話の中でも大変重要な役割を担っているんです。
3人目に紹介するのは、ややマイナーな存在ではありますが、「死後の境界」に関わる存在として知られるモーズグズ(Móðguðr)です。
彼女は死者の国ヘルヘイムへ向かう途中にある、「ギャッラルブルー(Gjallarbrú)」という橋の番人。死者の魂は、ここを渡ってヘルのもとへと向かいます。
モーズグズは橋の上で訪問者に名と来歴を問い、ヘルヘイムへ向かう者が正当な存在であるかを確認する役割を持っています。
『ギュルヴィたぶらかし』では、冥界へ旅するヘルモーズ(ヘルモード)に道を尋ねられた際、彼女は丁寧に状況を説明し、死者の魂がすでに橋を渡ったことを伝えています。
彼女は先を阻む敵ではなく、冥界への道を管理する境界の守護者として描かれるのです。
モーズグズは裁きを下す存在ではありませんが、冥界へ向かう者の正当性を確かめることで、死者の秩序を静かに守る、境界の案内者として理解されます。
というわけで、「北欧神話の冥界の神」というテーマから、死の国の支配者ヘル・冥界を訪れた神ヘルモーズ・そして死者の橋を守るモーズグズを紹介してきました。
北欧神話の死後の世界は、暗く恐ろしいだけの場所ではありません。そこには、生きた証を受け止める神々のまなざしがあり、静かな敬意と意味が込められているんです。
だからこそ、冥界の神たちは、私たちに「死とは何か、そしてどう生きるか」をそっと問いかけてくる存在なんですね。
🕯オーディンの格言🕯
死とは、滅びではなく「静寂の門」なのじゃ。
ヘルよ、そなたは闇を抱きながら、誰よりも優しく命の終わりを受け止めておる。
わしが天を見守るように、そなたは地の底で魂を包み続ける。
終わりを怖れぬ心こそ、真の勇気である。
ヴァルハラの喧噪も、ヘルヘイムの沈黙も、いずれは同じ循環のうちにある。
命は息を止めてなお流れ続ける──それが世界樹の下に刻まれた、わしらの掟なのじゃ。
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