


冥府ヘルヘイムを司る女神ヘル
北欧神話の冥府を擬人化した存在ヘルを描いた19世紀の挿絵。
死者を統べる冷厳な冥界のイメージを伝える。
出典: 『Hel (the personification of Hel)』-Photo by Johannes Gehrts/Wikimedia Commons Public domain
「死んだらどこに行くの?」──こんな疑問って、ふと考えてしまうこと、ありますよね。
北欧神話の世界では、死後の行き先はひとつじゃありません。戦場で命を落とした者はヴァルハラやフォルクヴァングへ、そうじゃない者はもっと静かな場所、そう、ヘルヘイムという場所へと導かれるのです。
でもその「ヘルヘイム」って、どんなところ? そこに住む人たちは、どう過ごしているのでしょうか?
というわけで、本節では北欧神話の「冥府」について、死後の国としての役割・支配する女神ヘル・その象徴的なイメージの3つのポイントから、いっしょに探っていきましょう!
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北欧神話では、「どう死んだか」によって魂の行き先が決まります。
戦場で命を落とした勇者たちは、神々に選ばれてヴァルハラやフォルクヴァングに迎えられますが、それ以外──つまり老衰・病気・事故など、日常の中で亡くなった人々の魂が行くのが、ヘルヘイムです。
この国は、世界樹ユグドラシルの根元のほう、冷たく暗い領域にあるとされていて、生者の世界とはまったく異なる雰囲気をもっています。
ヘルヘイムは「劣った者の終着点」ではありません。
戦いに関わらなかった人々──つまり、ごくふつうに生き、ふつうに亡くなった人たちの魂が静かに休む場所なんです。
戦死しなかったというだけで、そこに行くことに罪や罰の意味はないんですよ。
そう考えると、ヘルヘイムという場所は、ちょっと寂しいけれど、それもまた人間らしさを感じさせる“やすらぎの地”なのかもしれません。
この不思議な冥府を治めているのが、ロキの娘ヘルという女神です。
彼女は、上半身は美しい女性、下半身は腐敗した死体のような姿をしているとされます。
その姿はまさに、生と死、希望と絶望が同時に存在するかのような、強烈な印象を与えますね。
神々の中でも、ヘルはちょっと特別。
彼女は戦いをせず、支配欲も表に出さず、ただ淡々と“死者の受け入れ”という役割を果たしています。
ヘルは怒りや憎しみに支配されているわけではなく、むしろ悲しみや理解の感情をまとった存在として描かれることもあります。
彼女のもとに集まった魂たちは、苦しみや喜びから解放され、ただ「そこにいる」──そんな存在になります。
まるで、すべてを包み込む夜のようなイメージですね。
だからこそ、彼女の支配するヘルヘイムもまた、厳しさの中に深い静けさをたたえた場所として語られるのでしょう。
ヘルヘイムという場所は、神話の中では「暗くて冷たい場所」とされています。
太陽の光も届かず、花も咲かず、歓声や音楽もありません。
まるで世界から切り離されたかのような沈黙に包まれた場所──それがヘルヘイムのイメージです。
でも、それは罰ではなく、“死後の平穏”を象徴する空間とも言えるのです。
北欧の冬を思い出してみてください。
長く暗い夜、冷たく澄んだ空気、音のない白銀の世界──そんな風景が、そのままヘルヘイムの姿と重なるような気がしませんか?
ヘルヘイムは、生の営みが止まった“冬のような世界”として描かれることが多いのですが、そこにはどこか凛とした美しさもあります。
たしかにそこには活気も楽しさもないかもしれません。
でも、すべてが静まり、すべてが終わって、それでもそこに存在し続ける──そんな深さが、この冥府の本質なのかもしれません。
ヘルヘイムは、死者を忘れ去る場所ではなく、静かに受け入れ、抱きしめるように魂を包む場所なんです。
それって、とてもやさしい考え方だと思いませんか?
🌋オーディンの格言🌋
生きとし生けるもの──その歩みの果てに訪れるのが、ヘルの館ヘルヘイムじゃ。
光なき国にして、忘却の淵ではない。魂を責めるのではなく、ただ静かに迎える場所。
ヘルとは、「終わりを拒まぬ優しき支配者」なのじゃ。
わしの息子バルドルを失い、冥府の門へと使者を遣わせたあの日──
ヘルの眼差しには、怒りでも裁きでもなく、ただ深い悲しみが宿っておった。
この国には歓声もなく、花も咲かぬ。されど、凛とした静謐が満ちておる。
汝らの魂がいずれ辿るかもしれぬ地として、心の奥に刻んでおくがよい。
死もまた、物語の一部なのじゃからな。
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