


アウズンブラに乳をもらうユミル(ギンヌンガガプにて)
北欧神話の「第一世界」ギンヌンガガプを背景に、
牝牛アウズンブラが巨人ユミルに乳を与える創世の情景。
出典:『Audhumla by Abildgaard』-Photo by Statens Museum for Kunst/Wikimedia Commons Public domain
北欧神話の世界って、神さまたちがいきなり登場するわけじゃないんです。
ラグナロクのような終末の話が有名ですが、その前にはもっともっと古くて、不思議な「はじまりの世界」が広がっていたんですよ。
灼熱の炎が渦巻くムスペルヘイム、氷と霧に閉ざされたニヴルヘイム、そしてそのふたつの狭間に存在する果てしない虚無ギンヌンガガプ──いったいこれらはどんな場所だったのでしょう?
というわけで、本節では「北欧神話の第一世界」と呼ばれる世界創生の舞台について、ムスペルヘイム・ニヴルヘイム・ギンヌンガガプ──という3つのキーワードに沿って、神話のはじまりをたどっていきます!
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ムスペルヘイムは、まだ神々も存在しなかった頃から、世界の南側に広がっていたとされる灼熱の領域です。
この世界は、火と光のエネルギーに満ちていて、太陽のようにまばゆい火の世界と表現されることもあります。そこに住むのは「ムスペル」という火の巨人たち。そして彼らの王がスルト。彼は燃えさかる大剣を手にし、ラグナロクの終盤で世界を焼き尽くす存在として登場します。
でも、そんな破壊の象徴のようなムスペルヘイムの火が、実は北欧神話の創世の鍵を握っているんです。
ムスペルヘイムの熱は、氷の世界ニヴルヘイムから流れてくる冷気とぶつかることで、最初の生命──巨人ユミルを生み出しました。
つまり、ムスペルヘイムは「破壊の火」であると同時に、「生命の火」でもあったわけです。
それってちょっと意外で、でもなんだかすごく大事なことのように思えますよね。
ムスペルと正反対に位置するのがニヴルヘイム。北側に広がるこの世界は、氷と霧と闇に包まれた、凍てつくような世界です。
ここからは、毒を含んだ冷たい川「エーリヴァーガル」が流れ出ていて、それがギンヌンガガプへと氷を運んでいたんですね。気温はものすごく低くて、あらゆるものを凍りつかせるような場所。
それでも、この氷と霧がなければ、ムスペルヘイムの熱とも出会えなかった──そう考えると、ニヴルヘイムもまた、創造の物語には欠かせない存在です。
この世界は、一見すると“死”のイメージが強いですが、実際には何かを止めて“眠らせる”ような静けさを持った世界なんです。
生命が動き出す前の「休息の世界」として、ニヴルヘイムはギンヌンガガプを満たし、やがて命のきざしへとつながっていくんですね。
そして、のちに死者の国ヘルヘイムがこの地に築かれたのも、「静かな終わり」と「始まり」の両方を象徴していたからかもしれません。
さあ、いよいよ中心にあるのがギンヌンガガプ。名前からしてちょっと難しそうですが、「大いなる裂け目」や「ぽっかり空いた虚無」といった意味を持っています。
ここには、まだ何もない。地面も空も時間もなくて、ただただ空っぽの世界。でも、それが北欧神話の「すべての始まり」なんです。
ムスペルヘイムとニヴルヘイムのエネルギーがこの虚無の中で出会うことで、最初の命・ユミルが生まれました。
火と氷という相反する力がぶつかったからこそ、ギンヌンガガプには「何もない」から「何かが生まれる」という、神秘的な力があったんです。
そこから巨人、そして神々、さらには世界そのものが生まれたと考えると、「無」って意外と大事なんだなって思えてきますよね。
ギンヌンガガプは、「無限の可能性」を象徴する場所だったのかもしれません。
──というわけで、北欧神話の「第一世界」と呼ばれるこの3つの原初世界は、それぞれがまったく違う性質を持ちつつも、お互いに影響し合いながら、命と世界を生み出す舞台となったのです!
🌋オーディンの格言🌋
わしらの血脈にも「はじまり」はあった──火と氷がまだ互いを知らぬ頃、すべては虚無に包まれておった。
ムスペルヘイムの熱は激しく、ニヴルヘイムの氷は静かに、やがてギンヌンガガプにて交わる。
「何もなきところ」こそが、もっとも多くを孕む胎となるのじゃ。
ユミルはその証、アウズンブラの乳が育てし最初の命。
創造とは秩序からではなく、「対立と調和の狭間」にこそ芽吹くものよ。
無の中に熱があり、氷があり、そして意志が宿った──それが我らの“最初の物語”じゃ。
終わりを知る者こそ、はじまりを語らねばならぬ。
わしは見てきた……世界は、たしかに「無」から始まったのだ。
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