


冥界の女神ヘル
死の国を統べる存在として描かれ、
冷酷な裁きと静謐な威圧感をたたえた姿が強調される。
出典:『Hel (the personification of Hel)』-Photo by Johannes Gehrts/Wikimedia Commons Public domain
死者の国ヘルヘイムを統べる支配者──それがヘルです。
彼女はロキの娘として生まれ、上半身は人間の若い女性、下半身は死者のように朽ちた姿をしていると言われます。まさに「生」と「死」の狭間に立つ存在。そのためか、しばしば「冷酷」というイメージで語られることが多いのです。
でも本当に、彼女はただ“冷たい”存在なのでしょうか?
そのふるまいをよく見てみると、感情を抑えた判断力や、死者に対する独自の慈悲も感じ取れるんです。
本節ではこの「ヘルの性格」というテーマを、感情を表に出さない冷酷な性格・規則を重んじる厳格な性格・そして死者を引き受ける包容的な性格──という3つの視点に分けて、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!
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ヘルの性格として最初に思い浮かべられるのは、やはり「冷酷さ」です。
彼女は死者の国ヘルヘイムの支配者として、死んだ者の魂を静かに迎え入れ、そして決して返さない存在。どんなに嘆願されても、心を動かすことはありません。
たとえば、英雄バルドルが死んだとき、オーディンの使いが「彼を返してくれ」と懇願したエピソードがあります。でもヘルはそれを厳格に拒否しました。
ヘルはこう言いました──「世界のすべての者がバルドルの死を悼むなら返そう」と。これは一見“条件付きの慈悲”に見えますが、実際はその条件を満たすことは不可能だと知っていたのです。
感情ではなく、理とルールで世界を保つ。それが、ヘルがあえて冷酷な立場をとる理由なのかもしれません。
ヘルの支配する国ヘルヘイムは、神々の住むアースガルズや人間の住むミズガルズとは異なる、死者だけが訪れる場所。
そこに生きている者が入り込むこと、あるいは死者が勝手に戻ることは、禁じられた行為です。
だからこそヘルは、死者を勝手に蘇らせようとする神々に対しても、毅然と立ち向かう姿勢を見せます。
ルールを曲げれば、それはすぐに「例外」ではなくなってしまう。
死者の国という絶対のルールの番人として、彼女はその境界を超えさせないのです。
誰かにとって優しい判断が、世界全体の秩序を壊すことになる──そう理解しているからこそ、あえて厳しく振る舞う。そういう意味で、ヘルの性格は「冷たい」というより「律儀で一貫している」とも言えるかもしれません。
最後に注目したいのが、ヘルの包容力です。
彼女のもとに集まるのは、戦場で名誉ある死を遂げた者ではなく、老いや病、事故などで静かに死んだ者たち。
つまり、目立つこともなく、物語に語られることのない「普通の死者たち」を受け入れる役目を、ヘルは一手に担っているんですね。
ヴァルハラのような輝かしい死後の世界ではなく、静かでひんやりとした死者の国。
でもそこは、恐ろしい地獄ではなく、「静かに休む場所」でもあります。
ヘルは、そこにやってくるすべての魂を拒まず、黙って受け入れ、永遠にその存在を忘れないように見守り続けるのです。
ある意味、それは最も大きな「受容」の姿勢ではないでしょうか。
というわけで本節では、死者の国の支配者ヘルの性格について掘り下げてみました。
感情を抑えた冷酷さ、秩序を守る厳格さ、そしてすべての死者を包み込む包容力──そんな複雑な性格をあわせ持つ彼女は、単なる「怖い存在」ではなく、死の向こう側にいる“最後の守り手”として描かれていたのかもしれません。
怖がられる存在であっても、ヘルには誰よりも誠実に世界の一端を担おうとする姿勢があった──そんなふうに思えてきませんか?
☠オーディンの格言☠
わしの娘ヘルよ──その貌は生と死を分かつ鏡。
彼女はただ「終わり」を司るのではない、「分け隔てなき迎え」を体現する存在なのじゃ。
冷たさと映るその姿は、情を捨てたからではない。
己の役目に殉じ、死者を平等に受け入れる“揺るがぬ意志”の現れなのじゃ。
神々の懇願にも屈せず、ルールを曲げぬその決断は、むしろ誠実の証よ。
恐れるな──ヘルの国には「安らぎ」もまた息づいておるのじゃ。
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