


トールとヨルムンガンドが化けた猫
ウトガルドでの試練として出された「猫の持ち上げ」の場面。
実は世界蛇ヨルムンガンドで、巨力のトールでも片足をわずかに持ち上げるのが精一杯だった。
出典:『Thor lifts the cat』-Photo by Lorenz Frolich/Wikimedia Commons Public domain
雷神トールが猫を持ち上げられなかった──なんて話を聞いたら、思わず「ウソでしょ?」ってなりますよね?
だってトールといえば、ミョルニルを振るい、巨人族をなぎ倒す、あのパワフルな神です。それが猫ひとつ持ち上げられないなんて、どう考えても変です。
でも実はこの話、単なるギャグや失敗談ではなく、北欧神話の中でもとくに“深い意味”をもったエピソードのひとつなんです。そして、その猫の正体は…なんと世界を取り巻く巨大な蛇・ヨルムンガンドだったというオチ付き。
本節ではこの「トールの猫上げ」伝説というテーマを、登場人物・物語の流れ・神話への影響──という3つの視点に分けて、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!
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主役はもちろん、雷神トールです。
彼はアース神族の中でもいちばんの怪力を持ち、ミョルニルを片手に巨人族と戦い続ける“戦士の神”。性格は短気だけど、正直で裏表のないタイプですね。
この物語の舞台は、巨人ウトガルザ・ロキの城。名前が似ていますが、いたずら神ロキとは別人で、彼は幻術と策略を得意とする氷の巨人なんです。
そして忘れちゃいけないのが、“猫”の姿をして現れたヨルムンガンド。見かけはふつうの大きな猫。でも本当の正体は、世界を取り巻く海にとぐろを巻く、あの世界蛇ヨルムンガンドそのものだったのです。
それは、ただの猫ではなかったから。
相手が「世界そのもの」を象徴する存在だったとすれば、どんな神でも簡単には動かせませんよね。
このエピソード、じつは「神の限界」をうっすらと描いているとも言えるんです。
ある日、トールはロキたち仲間と一緒に、巨人ウトガルザ・ロキの城を訪れます。歓迎ムードとは程遠く、城主はニヤリと笑ってこう言います。
「うちに来たからには、試練を受けてもらうぞ」
最初にロキは早食い競争に挑戦し、トールの従者は水飲み対決で完敗。そしてトールの番が回ってきます。試されたのは3つの挑戦。
1つ目は酒を飲み干す試練。でも、どれだけ飲んでも杯は空にならず……。
2つ目は猫を持ち上げる試練。「子猫じゃん、楽勝」とトールが片手で持ち上げようとすると──猫の背中がちょっと浮いたところで、どうしても持ち上がらない!
そして3つ目は、城の老婆と相撲をとるというもの。ここでも、あの最強のトールが押し負けてしまうのです。
物語の最後、ウトガルザ・ロキはトールに真実を明かします。
「実は全部、幻術だったんだよ」と。
杯は海につながっていて、あれだけ飲んだのに潮が引いたのはトールのおかげ。
老婆は“老い”そのもの。誰もが負ける概念だったから仕方ない。
そして猫の正体は──ヨルムンガンド。世界を取り囲む蛇を、少しでも動かせたのは本当にすごいことだったんです。
「猫上げ」の話は、単に笑い話では終わりません。
このあと、トールとヨルムンガンドはラグナロク(世界の終末)で再び激突する運命にあります。
この試練の場面は、その“前哨戦”として語られているとも言えるんですね。知らず知らずのうちに、トールは自分の宿敵に出会い、しかも力比べをしていた──そう考えると、めちゃくちゃゾクゾクしませんか?
トールは、筋肉と勇気のかたまりのような神ですが、この話では「力だけではどうにもならないこともある」という、ちょっと切ない現実にも直面しています。
とはいえ、あの巨体のヨルムンガンドをほんの少しでも持ち上げたって、それだけで伝説級。
しかも、そのあと「正体を知ってたら、城ごとぶっ壊してたのに!」って怒るトールの姿に、ちょっと笑ってしまうのは、きっと私だけじゃないはずです。
というわけで、「トールの猫上げ」は、神話の中でも特にユーモラスで、そして深い意味を持ったお話でした。
ただの“猫”だと思ったら、正体はヨルムンガンド。それをほんの少しでも持ち上げられたトールは、やっぱりすごい神なんです。
笑いの中に、力と運命、そして幻術と真実が交差する──そんな北欧神話らしさが詰まった一篇と言えるでしょう。
今度トールの名前を聞いたときは、ぜひこの“猫上げ事件”を思い出してみてくださいね。
🐱オーディンの格言🐾
この世界には、見かけに惑わされてはならぬものがある。
ちょこんと座る猫──だがそれは、世界を抱く蛇が姿を偽ったもの。
我が息子トールが挑んだ試練もまた、真実と幻のはざまに仕掛けられたものじゃ。
小さき姿の奥に潜む、果てなき重さと威容を見抜けるか。
猫はただの猫にあらず、時に神々の誇りすら試す器ともなる。
ふふ……されどのう、わしは時折思うのじゃ。
あやつが持ち上げようとしたのが「わしの愛猫」だったなら、いかほどに苦戦したかとな──。
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