


霧の巨人の王
ヨトゥンヘイムで犬を従える王スリュムのもとへ、ロキが飛来する場面。
霧と霜の勢力として語られる巨人の威容を示す挿絵。
出典:『The King of the Frost-Giants』-Photo by George Pearson/Wikimedia Commons Public domain
オーディンたち神々に挑んだ巨人たち、ミョルニルを盗んで神々を翻弄したスリュム、そしてユグドラシルの根元に潜む古き存在──北欧神話には「霧の巨人」と呼ばれる不思議なキャラクターたちが登場します。でも、「霧の巨人」っていったい何者?氷の巨人や炎の巨人とはどう違うの?と、気になってくるところですよね。
実は「霧の巨人」という呼称は、神話世界に存在する“フリムスル族”や“ユートゥン族”といった巨人たちの中でも、特に神々の世界と深く関わる者たちを指すことがあるんです。
本節ではこの「霧の巨人」というテーマを、神々を脅かす者・神々と縁のある者・そして神々を導く知恵の番人という3つの視点から、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!
|
|
|
「霧の巨人」としてまず名前を挙げたいのがスリュム。彼はフリムスル族──つまり“霧の一族”に属する巨人であり、神々の力の象徴であるトールのハンマー「ミョルニル」を盗んだ張本人です。
スリュムは、盗んだハンマーと引き換えに、「女神フレイヤを嫁として寄越せ」と強気に要求してきます。大胆不敵すぎて、神々も一瞬絶句…。
でも神々はここで一計を案じ、なんとトールをフレイヤに変装させ、スリュムの住むヨトゥンヘイムに送り込むんです。
スリュムは単なる粗暴な巨人というわけではなく、きちんと婚礼の準備を整えたり、礼儀を重んじる様子も見られます。だからこそ、あのトールの“大食い”と“怪力”ぶりを見ても、ちょっと疑いながらも「まあ巨人の花嫁はこういうものか…」と納得してしまうんです。
結果として彼はミョルニルを取り戻したトールに粉々にされてしまいますが、神々すら手を焼くほど狡猾かつ大胆な「霧の巨人」として、強烈な印象を残しました。
次に紹介したいのは、少し異色の「霧の巨人」、海の巨人エーギルです。
エーギルは詩の才能を持つことで知られ、宴を開くのが大好きな存在。実は彼、オーディンと親戚関係にあるという説もあり、神々の宴にもよく顔を出す“例外的な巨人”なんです。
彼の館では、トールや他の神々ももてなされることがあり、戦うどころか交流を楽しむ関係だったりもします。
エーギルの特徴は何といっても、「酌人(しゃくにん)」──お酒を振る舞う役割を担うことで、神々の信頼を得ている点です。
神々に敵対することなく、むしろ宴を通じて仲間のように過ごす姿は、他のフリムスル族とは一線を画しますね。
このように、「霧の巨人」の中には、神々と敵対するだけじゃなく、交流や知識の伝達に携わる存在もいたということなんです。
最後に紹介したいのが、ヴァフスルーズニルという霧の巨人の長老です。
彼は知恵と物語に精通していて、オーディン自身が変装して彼のもとを訪れるほど。その目的は、神話世界の深淵を問答によって学ぶことでした。
ふたりは一問一答形式で、宇宙の成り立ちや神々の秘密について問答を重ね、最後にオーディンがある“決定的な問い”を投げかけることで、ヴァフスルーズニルは彼の正体を見抜きます。
この問答勝負は、単なる雑学クイズではなく、神話世界における「知の継承」の儀式とも言える重要なやり取りでした。
ヴァフスルーズニルのような「霧の巨人」は、霧=不透明さ・未知を象徴する存在でありながら、その霧を晴らす“知の門番”として登場することがあるのです。
彼のように、神々と対等に話し、敬意を払われる巨人がいるという点が、北欧神話の魅力のひとつだと私は思っています。
というわけで、北欧神話における「霧の巨人」とは、単なる敵役ではありません。
神々を騙そうとする策略家スリュム、神々と杯を交わす海の巨人エーギル、そして知恵で神々に挑んだヴァフスルーズニル──この三者はそれぞれ違った形で、神々との距離を縮めたり、逆に脅かしたりしてきました。
霧とは、見えそうで見えないものの象徴。そんな存在だからこそ、「霧の巨人」たちは、神々の世界にとって“よくわからないけど無視できない”相手だったのかもしれませんね。
🌫️オーディンの格言🌫️
霧とは、形なき真理を包む“記憶の帳”なのじゃ。
スリュムの宮殿に漂う白き靄は、神々の言葉さえ惑わせる。
霧の巨人たちは、姿を持たぬゆえに「境界」を越える──光と闇、秩序と混沌の狭間を自在に歩む者たちよ。
曖昧さを恐れるな、それは世界が息づく余白なのじゃ。
ロキが霧を裂き、言葉を駆けて真を探るのもまた、知の試練。
わしらの物語は、明確な形よりも“移ろい”にこそ宿る。
霧の奥に潜む声を聴け──そこに、まだ名もなき神々の息があるのじゃ。
|
|
|
