


空を駆けるワルキューレ
戦場で勇士の魂を選び取り、ヴァルハラへ導く存在として描かれたワルキューレの力強い姿。
出典:『Valkyrie by Arbo』-Photo by Peter Nicolai Arbo/Wikimedia Commons Public domain
空を駆ける鎧姿の乙女たち──彼女たちの名はワルキューレ(ヴァルキュリア)。北欧神話で彼女たちは、戦場に現れては、死した勇士の魂を選び取り、死後の世界「ヴァルハラ」へと導く役目を担っています。冷たく美しく、でもときには人間味を持った存在としても描かれ、数々の伝説に登場してきました。
その姿には、ただの“戦乙女”では終わらない、戦いと愛、忠誠と反逆、運命と選択といった深いテーマが込められているんです。
本節ではこの「ワルキューレの伝説」を、死者を選ぶ戦乙女・人間に恋したワルキューレ・誓いを破った者の末路──という3つの物語に分けて、じっくりご紹介していきます!
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まずはワルキューレのもっとも基本的な役目についての話から。
彼女たちは、戦神オーディンに仕える存在で、戦場においてどの戦士が死ぬかを決めるという、非常に重要な任務を持っています。
勇敢に戦って倒れた者の魂を選び出し、空を翔けてヴァルハラへと導いていく──それがワルキューレの本分です。
ヴァルハラとは、死後の英霊が集う天上の館で、そこで彼らは神々と共にラグナロク(最終戦争)に備えて訓練を積むのです。
彼女たちの名には「死を選ぶ者」という意味があり、選ばれることは一種の“栄誉”。
でも裏を返せば、どんなに強くても、ワルキューレに選ばれなければヴァルハラには行けないということ。
神々に忠実でありながら、人間の命運を握る彼女たちの姿は、ときに冷酷にすら映ります。
でもだからこそ、ワルキューレという存在には「美しさ」と「恐ろしさ」が同居しているのです。
次に紹介するのは、ワルキューレの中でも特に名高いブリュンヒルドの物語です。
彼女は本来オーディンに仕える戦乙女でしたが、ある出来事をきっかけに主神の命令に背いてしまうのです。
戦場でオーディンが「特定の王を勝者にせよ」と命じたのに対し、ブリュンヒルドはその王はふさわしくないと考え、別の王に勝利を与えてしまったと語られています。これは神々の秩序に対する重大な背反行為であり、その罰として彼女は神性を奪われ、人間として地上に落とされる運命を辿ることになります。
地上へと落ちたブリュンヒルドは、魔法の炎に包まれた眠りにつけられました。
そして、その炎を突破して彼女を目覚めさせたのが、英雄ジークフリート(シグルズ)です。
ふたりは互いに惹かれ合いますが、その後の運命は決して穏やかなものではありませんでした。誓いのすれ違いや魔法による記憶操作、周囲の策略が絡み合い、物語はやがて悲劇へと傾いていきます。「愛のために神に背いた」という解釈もありますが、これはあくまで後世の読み方の一つで、原典では彼女の行動は義と判断、そして誇りの結果として描かれることが多いのです。
それでも、最終的にブリュンヒルドは愛と誇りの狭間で苦しみ、破滅へ向かう道を選ぶことになります。そこには、ワルキューレでありながら人間的な情と運命への反逆心を併せ持つ彼女の複雑な姿が、深く刻まれているのかもしれませんね。
最後に紹介するのは、北欧神話詩『エッダ』に記される、スヴァーヴァとヘルギの物語です。
スヴァーヴァはワルキューレのひとりで、若き戦士ヘルギに力と導きを与える存在として、彼の人生に深く関わっていきます。
ふたりは次第に心を通わせるようになり、互いへの敬意と情にはっきりとした結びつきが芽生えていきました。しかし、ヘルギは戦場で命を落としてしまい、その物語は一度幕を下ろすことになります。原典では、彼の死後にスヴァーヴァが夜ごと語り合う場面こそ描かれませんが、彼女が深い悲しみを抱いたことは示唆されています。
物語の終わりには、「ふたりは次の生で再び出会う」という予言が語られます。
これは、後に別の物語で語られるヘルギ(フンディング殺し)とスグンの関係と重ねられ、魂の循環と再会のモチーフとして受け継がれていくのです。
ワルキューレであるスヴァーヴァは、ただ戦士を導くだけの存在ではなく、戦士の運命そのものに寄り添い、彼の魂の歩みに関わり続ける存在として描かれます。
そしてこの伝説は、死を越えてもなお続く絆が、神話世界の深い層で静かに息づいていることを教えてくれるようです。
というわけで、本節では「ワルキューレ」にまつわる3つの伝説──
魂を選ぶ天上の使者たち、神に背き人間を愛したブリュンヒルド、死と再生を超えて誓い合ったスヴァーヴァとヘルギ──をご紹介しました。
ワルキューレはただの“戦う乙女”ではなく、戦場における運命そのものを象徴する存在。
でも、その背後には、愛や誇り、苦悩や選択といった、限りなく人間に近い感情が息づいているんですね。
だからこそ、彼女たちの物語は、今でも多くの人の心に響き続けているのかもしれません。
🦅オーディンの格言🦅
空を駆ける乙女らの瞳には、生と死の境が映っておる。
彼女らは剣を持つ者の魂を選び、ヴァルハラへと導く我が忠実なる娘たち。
されど──運命を選ぶ者もまた、運命に試されるのじゃ。
ブリュンヒルドの炎は、愛ゆえの反逆を焼き尽くし、ヘルギとスヴァーヴァの誓いは、死を越えて結ばれた。
忠誠と愛、命令と選択──そのはざまで揺れる心こそ、彼女たちが神々の傀儡ではなく「魂ある存在」である証よ。
ワルキューレとは、美と戦の象徴にして、己が意志を貫く者たちなのじゃ。
彼女らの物語は、死を語るのではなく、魂の在り方を静かに問いかけておる。
それは、戦いよりも深き“選ぶという宿命”の詩なのじゃ。
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