


風を支配する神ニョルズ
航海者に順風をもたらす海と航海の守護者。
山地で眠るスカジのそばで海を慕う姿は、風向と潮の理を操る神格を象徴する。
出典:『Njörd's desire of the Sea』-Photo by W.G. Collingwood/Wikimedia Commons Public domain
風がざわめくとき、神々の気配を感じた──そんな言い伝えが、北欧神話の中にはいくつも残されています。船乗りたちに順風を与える神ニョルズをはじめ、風とともに現れる幻の馬、羽ばたきで風を起こす鷲など、風のイメージは多様で、どれも自然との深い結びつきを感じさせます。
風は、目に見えないけれどたしかにそこにある力。人々の旅を助け、時には嵐となって試練をもたらすその存在は、古代北欧の生活において、まさに神の業そのものでした。
本節ではこの「北欧神話の風の神」というテーマを、海風の守護神ニョルズ・羽ばたきで風を生むフレースヴェルグ・風とともに駆ける馬スレイプニル──という3つの視点に分けて、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!
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まず紹介したいのは、ヴァン神族の一員であり、海と風をつかさどる神ニョルズです。
ニョルズは航海や漁業を守る神として知られ、風を吹かせる力を持っていると信じられていました。特に、海を渡る者にとって「順風をくれる神」という点で、古くから大切にされてきた存在です。
海の旅では、風がすべてを決める──その時代、ニョルズに祈れば穏やかな風が吹くとされ、多くの船乗りが彼に祈りを捧げました。
彼の名前は、「風の力」「航海の成功」を象徴するものとして、儀式や詩の中にも登場します。
ただし、スカジとの夫婦生活では、彼は海辺を愛し、スカジは雪山を好むという性格の違いが浮き彫りになります。これは、風と雪、海と山──それぞれの自然の本質を描いた、象徴的な物語でもあるんですね。
ニョルズは荒れ狂う暴風ではなく、旅人に寄り添う優しい追い風。そんな風の神だったんです。
次に紹介するのは、風そのものを生み出す存在「フレースヴェルグ」です。
その姿は巨大な鷲。神話によれば、この鷲が羽ばたくたびに風が吹き、嵐が起こるとされているんです。
フレースヴェルグは、世界の北の果てに棲んでいると伝えられ、まさに「世界の風の源」と呼ぶにふさわしい存在です。
彼は神というよりも自然そのものの象徴的存在で、人間の手には届かない、天上の力を体現しています。
風が突然荒れたとき、あるいは優しく吹き抜けたとき──それはフレースヴェルグが羽ばたいたからだ、と考えられていたわけですね。
このように、風に人格や意志があると信じられていたことが、北欧神話らしい面白さなんです。
最後にご紹介するのは、オーディンの乗る八本足の馬スレイプニルです。
スレイプニルはただの馬ではありません。風よりも速く、空も海も冥界さえも駆け抜けることができるという、まさに神話の中の“風の化身”とも言える存在です。
この馬は、オーディンの移動手段として描かれ、彼が世界を旅する際にはいつもスレイプニルがそばにいます。風とともにどこまでも移動できる能力は、「風の神の乗り物」としての性格を際立たせているんですね。
しかもスレイプニルの母親はロキ。ロキが変身して「雌馬」になり、スレイプニルを産んだという奇妙なエピソードもありますが、それもまた北欧神話らしいユーモアの一端です。
スレイプニルは、風の速さ・予測できない動き・どこへでも届く自由を体現するキャラクターと言えるでしょう。
というわけで、北欧神話における「風の神」とは、それぞれのかたちで風の力とつながっています。
ニョルズは航海者に優しい風を与える穏やかな神、フレースヴェルグは天上から世界に風を送る巨大な鷲、スレイプニルは風そのもののようにどこへでも駆ける神の馬。
風という目に見えない存在に、神話はちゃんと「かたち」と「物語」を与えてくれているんです。
次に風を感じたとき──それはもしかすると、神々の気配がそっと背中を押してくれた合図かもしれませんよ。
🌬️オーディンの格言🌬️
風とは、形なき“意志”のごときものじゃ。
ニョルズが穏やかに海を撫でるとき、風は祝福の歌を奏で、わしが戦を導くとき、それは嵐の雄叫びとなる。
目には見えぬが、すべての命はこの風に抱かれておるのだ。
風は怒りにもなり、祈りにもなる──それは神々の息吹であり、魂の往来なのじゃ。
風の音に耳を澄ませば、海の嘆きも山の歓びも聴こえる。
やがて嵐が去った後、静けさの中に残るのは「再び進む力」。
わしらの物語はいつも風に始まり、風に終わる──それこそ、この世界の理なのじゃ。
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