


北欧神話の「天使」的存在ワルキューレ
神々に仕え、戦死者を選んでヴァルハラへ導く役目を担う存在。
天から舞い降りる女戦士として象られた象徴的な場面。
出典:『Valkyrie』-Photo by Peter Nicolai Arbo/Wikimedia Commons Public domain
光に包まれた羽のある存在が空から舞い降りてくる──「天使」と聞くと、そんなイメージを持つ人も多いかもしれません。でも、北欧神話には「天使」という言葉は登場しません。ではそれに相当するような、“天からの使い”や“人間に寄り添う存在”っているのでしょうか?
実は北欧世界にも、死者を導いたり、神々の意思を伝えたり、光をもたらす“天使のような存在”がちゃんといるんです。
本節ではこの「北欧神話の天使」というテーマを、戦場に舞うワルキューレ・空から現れる白翼のマールなどを切り口にして、他の神話の「天使的神格」にまで視野を広げながら、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!
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北欧神話で「天使」と呼ぶにふさわしい存在、それがワルキューレ(Valkyrja)です。
名前の意味は「死者を選ぶ者」。
彼女たちはオーディンに仕える乙女で、戦場に舞い降り、勇敢に戦って倒れた戦士の魂を天上の館ヴァルハラへと導きます。
しかも、ただの使者ではありません。ワルキューレたちは戦いの行方を左右する神の代理人でもあり、神聖な使命を帯びた存在なのです。
ワルキューレたちは、白銀の鎧を身にまとい、空を駆ける馬に乗って現れます。その姿は美しくもあり、恐ろしくもある。
彼女たちはただの“慰め役”ではなく、「死=名誉」だった古代北欧において、死後の運命を決定づける存在だったんですね。
また、詩や伝説ではワルキューレと人間の戦士が恋に落ちるエピソードもあり、彼女たちが人間と神々の橋渡し役であったことがわかります。
つまり、北欧における“天使”とは、優しさだけでなく、強さと裁きの役割も持った存在だったんです。
次に紹介するのは、アイスランドやスカンジナビアに伝わるマール(Mare / Mara)と呼ばれる不思議な存在。現代英語の「ナイトメア(悪夢)」の語源とも言われるこの存在ですが、実は地域によっては“夢をもたらす天の精”として信じられていました。
マールは、夜になると人間の胸に乗って夢を見せる霊的な存在で、ある地方では「夜の天使」としても扱われていたんです。
たしかに、マールの訪れは悪夢を伴うこともあります。でもそれだけではありません。
ある伝承では、マールは悲しみに暮れる者のもとへ現れ、故人と再会させてくれる夢を届ける存在だともされました。
これはつまり、「夢の中でしか会えない存在との再会を叶える天使」だったとも言えるわけです。
現実と夢のあいだを行き来し、人の心を癒やす──そんなマールの姿には、どこか“記憶をつなぐ羽根の精”のような面影があります。
北欧神話のワルキューレやマールを見てきましたが、世界の神話にも「天使」と呼びたくなる存在がたくさん登場します。
ただし、どの文化にも共通するのは、彼らが単に優しい存在ではなく、光・秩序・導き・時には裁きといった“人を動かす力”を持っているということなんですね。
天と地を結び、神々の意思を伝え、人間に知恵や警告をもたらす。
そうした役割を担う存在を比べてみると、「天使」という言葉が文化ごとに違う姿へ分岐していったことがよくわかります。
では、北欧以外の神話でどんな“天使的存在”が語られているのか、3つほど代表的な例を見ていきましょう。
それぞれに個性があって、読み比べると世界観の違いがぐっと輝いて感じられますよ。
天使といえばまず思い浮かぶのが、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教に登場するガブリエルでしょう。
彼は“神の使者”として、聖なる言葉を人々に届ける役目を担う、非常に重要な存在です。
マリアに受胎告知をしたのもガブリエル。
彼は神の意思をまっすぐ運ぶ、純粋な光の使者として描かれており、まさに“天の橋渡し役”の典型でもあります。
ワルキューレのような戦の要素はないものの、「神の言葉を伝える」という役割は共通しているんですね。
ギリシア神話に登場するイリス(Iris)は、虹をまとって空を飛ぶ美しい女神。
彼女はヘラやゼウスの使者として働き、神々の言葉を人間や他の神々へと伝えます。
その姿は、北欧神話のワルキューレにどこか似ていて、天から現れ、使命を果たし、また空へと戻っていく──そんな流れるような存在です。
虹がかかると「イリスが通った」とも信じられていたほど、その動きは軽やかで、光の象徴として愛されていました。
彼女は優雅でありながら、必要なときには迅速に動く、“自然の光”が人格を得たような使者だったとも言えます。
少し珍しい例として、ハワイの神話に登場するハニングヤ(ʻAumakua の一形態)の話も面白いです。
彼らは祖先の霊が羽を持った守護者として現れる存在で、死者を導いたり、家族を危険から守ったりすると信じられていました。
その姿は必ずしも人間型ではなく、鳥や光となって現れることもあるのですが、家族を見守るという点では“天使”のイメージにとても近いんですね。
北欧のマールのように、人間の心の状態や夢を通してメッセージを届ける場合もあります。
姿形は違っても、「大切な者を守り導く存在」は世界中にいるということがよくわかります。
というわけで、北欧神話のワルキューレやマールを起点に、ガブリエル・イリス・ハニングヤのような“天使的神格”を見てみると、
天使という概念は案外広く、文化ごとに違う姿へ枝分かれしていたことが見えてきます。
天から降りてくる者、夢を渡ってくる者、光とともに現れる者──そのどれもが、人と神のあいだをつなぎ、迷いを抱えた心にそっと寄り添う存在でした。
北欧に天使はいない。でも、“天使のような存在”はちゃんといた──そんな視点で物語を読むと、神話の世界がぐっと優しく見えてくるんです。
🛡️オーディンの格言🛡️
誰が命を落とし、誰がヴァルハラへ至るか──それを決めるのは、わしではない。
それは空を駆ける乙女たち──ワルキューレの務めじゃ。
剣を手にした「選び手」は、死の果てに待つ“戦いの続き”へと、英霊を導く光。
やさしさではなく、覚悟と誇りこそが彼女らの翼なのじゃ。
ブリュンヒルド……その名を思い出すたび、わしの心にも痛みが走る。
神意に背いても守りたきもの──それが人の魂であり、乙女の情なのかもしれぬな。
死を越えて戦う者たちよ、ワルキューレがそなたを見つめておるぞ。
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