


氷霧の国ニヴルヘイムの概念図
原初の虚空ギンヌンガガプでは炎の国ムスペルヘイムと相克する構図で語られる。
出典:『Concepte de Niflheim』-Photo by JoanT.V/Wikimedia Commons CC BY-SA 4.0
北欧神話と聞いて思い浮かぶのは、雷神トールや知恵の神オーディン──でも、神々の物語が始まったもっと前、世界は火と氷から生まれたという伝承があるんです。氷の国ニヴルヘイム、霜の巨人たち、そして静寂と寒気の中に立つ存在たち──本節では、そんな「氷」をつかさどるキャラクターたちに注目してみましょう!
北欧の大地を包み込むような氷の世界は、ただ冷たいだけではありません。命の起源と終わり、そして神々の物語の根っこを支える重要な要素として登場します。
本節ではこの「北欧神話における氷の神」というテーマを、始まりの巨人ユミル・霜の世界の王スリュム・冥界の女王ヘル──という3つの視点に分けて、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!
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物語の幕開けに登場するのが、最初の巨人ユミルです。彼は神ではありませんが、北欧神話の世界にとって最も重要な「氷の存在」と言っても過言ではありません。
ユミルが生まれたのは、氷霧の国「ニヴルヘイム」と、灼熱の国「ムスペルヘイム」の境目にあるギンヌンガガプ(大いなる空虚)の中。そこに流れ込んだ霜と熱がぶつかりあい、そこからユミルが誕生したのです。
ユミルは、自分の汗から新たな命を生み、やがてオーディンたち神々によって倒されます。
そして、彼の肉は大地に、骨は山に、血は海に、髪は木々に、頭蓋骨は空に──つまり、この世界のあらゆるものは「氷の巨人ユミル」の体から生まれたのです。
神々の世界であるアースガルズも、人間の住むミズガルズも、その大地の下にはユミルの名残が広がっているというわけなんですね。
つづいて紹介するのは、霜の巨人たちの中でも特に有名な「スリュム」です。彼は「エッダ詩」に登場し、トールのハンマー「ミョルニル」を盗んだことで知られる存在。
スリュムは、氷と冬を象徴するヨトゥン族(巨人族)の一員で、霜と氷の力を持つ存在として描かれています。彼が住んでいるヨトゥンヘイムは、ニヴルヘイムに近い極寒の地で、人間が住めないような過酷な世界。
スリュムは、フレイヤを花嫁に欲しがり、トールが女装して乗り込むというユーモラスなエピソードで知られていますが、彼の本質は「力で奪う」寒さの象徴です。
極寒の冬が家畜や作物を奪い、命の営みを止めてしまうように、スリュムはハンマーを持ち去り、神々の力のバランスを揺るがす存在でした。
その背後には、「氷の力は滑稽にも恐ろしくもなる」という、自然の持つ両面性が見え隠れしているのです。
最後にご紹介するのが、死者の国「ヘルヘイム」を治めるヘルです。彼女の名はそのまま冥界の名にもなっており、冷たく暗い氷霧の世界ニヴルヘイムの奥深くに住んでいます。
ヘルは、ロキと巨人アングルボザの娘で、上半身は生者、下半身は死人のような姿をしているとも言われています。
ヘルの支配する世界には、戦場で死ななかった者たちの魂が送られ、長く静かな眠りにつくとされています。
そこにあるのは、熱く激しい地獄ではなく、凍てつく静けさと、終わりなき時間。この氷のイメージこそが、北欧の死生観をよく表しているといえるでしょう。
彼女は「悪」ではなく、「終わり」を管理する存在。命を終えた者たちを静かに受け入れる、氷の抱擁のような存在なのです。
というわけで、北欧神話における「氷の神」とは、単なる寒さをつかさどる神ではなく、世界の始まり、自然の厳しさ、そして死の安らぎを象徴するキャラクターたちなんです。
ユミルは命の源を体現した氷の巨人、スリュムは凍てつく力を振るう冬の化身、そしてヘルは冷たい静寂の中に魂を迎える女王。
氷霧の国ニヴルヘイムから始まった物語が、こうして今も静かに語り継がれているのは──きっと、氷の中にこそ、神話の「核」が眠っているからなのかもしれませんね。
❄️オーディンの格言❄️
氷と火──それは「創造」と「破壊」のふたつの息吹なのじゃ。
ニヴルヘイムの冷気が霜となり、ムスペルの炎がそれを溶かした時、初めて“命”が生まれた。
わしらの物語は、その瞬間に始まったのだ。
冷たさもまた、命を育む揺籃であり、炎と同じく世界を動かす原初の力なのじゃ。
ユミルの息が凍てつく風を呼び、彼の体が大地へと変わる──そこには「滅び」ではなく「循環」の理がある。
氷は眠り、炎は目覚め、やがて互いを映しあう。
静寂の中にも、燃えるような意志が息づいておるのじゃよ。
それが、九つの世界を貫く最初の調べ──“存在”のはじまりなのだ。
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