北欧神話の「盗賊」といえば?

北欧神話の「盗賊」とは

北欧神話の“盗み”は、ロキ・スリュム・オーディンという三者が示すように単なる悪事ではなく世界を動かす契機として描かれる。悪戯で混沌を呼ぶロキ、力を求めてミョルニルを奪うスリュム、知識のため境界を越えるオーディンは、それぞれ異なる動機で盗みを行い物語に必然の変化をもたらした。ゆえに北欧神話の盗賊像は、運命と秩序を揺さぶる“創造の火種”といえる。

神の髪も宝も盗るやつら!北欧神話の「盗賊」を知る

眠るシフの金髪を嫉妬から切り取るロキ

シフの髪を盗もうとするロキ
悪戯心から眠るシフの金髪を刈り取ろうとしている。
ロキの盗賊的な側面を象徴する一枚。

出典:『How loki wrought mischief in Asgard by Willy Pogany』-Photo by Willy Pogany/Wikimedia Commons Public domain


 


神さまの髪をこっそり盗んだり、王の財宝をねらったり、夜の闇に紛れてこっそりと村に忍び寄ったり…。北欧神話やその周辺の民間伝承には、「盗賊」のような立場で活躍するキャラクターがたくさん登場します。


でも、盗むことは“悪”である一方、そこには知恵や交渉力、運命を変える力が関わっていたりもします。盗賊は単なる悪人ではないんですね。


本節ではこの「北欧神話における盗賊(盗み)」というテーマを、トリックスターロキ・巨人スリュム・最高神オーディン──という三者の視点から、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!



ロキ──神すらも手玉に取る策略家

北欧神話でもっとも有名な“盗賊”といえば、やっぱりロキをおいて他にいません。


彼は火と変化の神、そして「トリックスター(いたずら者)」として知られています。そのいたずらの中でもとびきり有名なのが、雷神トールの妻シフの黄金の髪を切り取って盗んでしまったというエピソード。


ロキはある日、シフが眠っているあいだにこっそり忍び寄り、なんと彼女の美しい金髪をハサミで切って持ち去ってしまうんです。理由は…特にありません。まさに「いたずら心」からの犯行でした。


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盗んだあとも“とぼける”のがロキ流

このいたずらに当然、怒り狂ったのがトール。すぐにロキを捕まえ、「元に戻さなければぶっ飛ばすぞ!」と大激怒。


ロキはすぐに命乞いをして、なんと“神の髪を作る”ためにドワーフの国へ向かいます。そこで巧妙な交渉術を使い、シフのために本物よりも美しい“黄金の髪”を作らせることに成功。


つまり、盗みを働いた張本人が、最終的には解決の立役者になるという…なんともロキらしい展開なんですね。


ロキは単なる「盗人」ではなく、時に神々を困らせながらも結果として秩序を立て直す役割を果たす、ちょっと複雑で面白い存在です。


❄️「ロキの“盗み”伝説」の関係者一覧❄️
  • シフ:ロキに黄金の髪を盗まれたトールの妻で、この事件の直接的な被害者となる女神。
  • トール:妻シフの髪を奪われ激怒し、ロキに詰め寄り解決を迫った当事者で、事件の推進役となる神。
  • イーヴァルディの息子たち:ロキが依頼し、シフの新しい黄金の髪を作ったドワーフの工匠たちで、事件解決における重要な協力者。
  • ブロック&シンドリ:ロキが挑発したことで競作勝負に参加し、ミョルニルを含む神々の宝物を作ることになる間接的関係者。


スリュム──雷神の宝を奪った“山の大盗賊”

次にご紹介するのは、神々を相手にとんでもない“盗み”をやってのけた巨人、スリュム(Thrym)です。
彼は霜の巨人族(ヨトゥン)の一員で、山の奥深くを根城にしながら、大胆不敵に神々へちょっかいを出すタイプの存在でした。


スリュムの代表的な“盗み”といえば、なんといってもトールのハンマー《ミョルニル》をまるごと奪う大事件です。
ミョルニルといえば、雷を呼び、巨人を打ち倒し、世界を守るトールの象徴。
その大事な武器を、スリュムはある朝神々が目を覚ます前にこっそり持ち去ってしまうんです。


しかも彼は盗んだあと、堂々とこう宣言します。
「返してほしければ、フレイヤを花嫁としてヨトゥンヘイムへよこせ!」
…いや、要求が大きすぎるでしょ!とツッコミたくなる場面ですが、これがスリュムの大胆さと欲深さを象徴しています。


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盗みの理由は“力へのあこがれ”

スリュムの盗みには、ロキのような軽い悪ふざけではなく、“神々の力を自分のものにしたい”という純粋な欲望がありました。
巨人族は神々と同じく世界の住人ですが、しばしば神々の強さに不満を持ち、その支配に反発してきた歴史があります。


スリュムがミョルニルを奪ったのは、「神々の象徴を握れば、自分こそが世界の頂点に立てる」──そんな考えがあったのかもしれないんですね。


最終的にはロキの策略によって罠にはまり、トール本人が“花嫁姿”で潜入してミョルニルを奪還するという、北欧神話屈指のドタバタ喜劇へと発展します。
結果的にスリュムは敗れるのですが、 神々相手にここまでの大盗みを仕掛けた巨人は、彼以外にはほとんどいないといえるでしょう。


❄「️スリュムの“盗み”伝説」の関係者一覧❄️
  • トール:スリュムにハンマー《ミョルニル》を盗まれた当事者で、力の象徴を失ったことで物語の中心となる神。
  • ロキ:事件解決に奔走し、スリュムのもとへ交渉に向かった策士。トールを“花嫁”に仕立てる作戦を考案する。
  • フレイヤ:スリュムがミョルニル返還の条件として求めた“花嫁”。当然拒否するが、事件の重要な鍵となる存在。
  • スリュム:ミョルニルを奪い、神々に大胆な要求を突きつけた霜の巨人で、この盗み事件の首謀者。


オーディン──知識を盗む“智の盗賊王”

そして最後に紹介するのは、なんと最高神オーディンです。
「えっ、神様が盗みなんてするの?」と思うかもしれませんが、オーディンの“盗み”はちょっと特別なんです。


彼が盗むのは財宝でも宝具でもなく、知識・魔法・言葉の力
その象徴が、「詩の蜜酒(スットゥングの蜜酒)」をめぐるエピソードです。


この蜜酒は、飲む者に詩作と知恵の才能を与える特別な酒で、巨人族が大切に守っていました。
オーディンはこれをどうしても手に入れたくて、なんと姿を変え、偽名を使い、巨人の家に潜入し、
最後には鷲の姿になって逃げ出すという、まさに“知恵の大泥棒”のような活躍を見せるんです。


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盗みの裏には“世界のため”という大義名分

オーディンの盗みは、単なる利己的な行動ではありません。
彼は知識を得ることで世界の秩序を守り、
神々と人間にとって必要な知恵を伝えるために、あえて盗みという手段を選ぶのです。


「知識は、与えられるものではなく、奪ってでも手に入れるものだ」
──そんな厳しい価値観が、オーディンという王の生き方を形づくっているのかもしれません。


そして彼はその知識をただ独占するのではなく、
ルーンによる魔法や詩の才能として世界へ還元していくのです。


盗賊でありながら賢者でもある──この絶妙なバランスが、オーディンの魅力を一段と深くしているんですね。


❄️「オーディンの“盗み”伝説」の関係者一覧❄️
  • スットゥング:詩の蜜酒を所有していた巨人で、オーディンが知識を得るために盗みに挑む最大の“標的”となる存在。
  • グンロズ:スットゥングの娘で、蜜酒を守る役割を担う。オーディンは彼女のもとに潜入し、蜜酒を手に入れるために心を通わせる。
  • バウギ:スットゥングの兄弟の巨人で、オーディンが偽名「バルズケギ(Bölverk)」を用いて接近し、蜜酒貯蔵庫へ至る手助けをした重要人物。
  • オーディン:姿を変え、偽名を使い、ついには鷲に変身して蜜酒を奪い去るという“知識の盗人”としての側面がもっとも鮮烈に現れる。


 


というわけで、北欧神話のロキ・スリュム・オーディンを「盗賊」や「盗み」という切り口で見てみると、盗みといっても、 悪ふざけ・欲望・知識への渇望というまったく違う3つの動機があることがわかります。


いたずらで世界をかき混ぜるロキ。
力を求めて大胆に宝を奪うスリュム。
知識のために境界を越えるオーディン。


盗みは許されない行為だけれど、そこに込められた“理由”を見ていくと、北欧神話の世界がもっと面白く、もっと深く見えてくるんです。


🌀オーディンの格言🌀

 

ロキという男……なにをしでかすかわからぬ、まこと厄介な存在よ。
されど、混乱をもたらす者こそ、時に新しき秩序を呼ぶというのもまた真なり。
シフの髪を盗んだいたずらは、神々の宝を生み、物語の歯車を大きく動かした
嘘も盗みも、彼にとってはただの導火線──
その火が灯れば、運命そのものが燃え上がるのじゃ。
わしらは時に、真なる敵よりも“味方を装った嵐”にこそ、備えねばならぬ。
それがロキという名の試練……世界に揺らぎを与える必要悪よ。