


バルドルの死
盲目の兄ホズがヤドリギの矢で致命傷を与え
神々が嘆きに沈む北欧神話の悲劇の場面
出典:『The Death of Balder』-Photo by Christoffer Wilhelm Eckersberg/Wikimedia Commons Public domain
光の神バルドルがみんなから愛されていたことや、どんな武器を投げつけられても傷ひとつ負わなかったこと、そして一本のヤドリギが世界の空気を変えてしまった瞬間──北欧神話の中でも特に有名で、胸が締めつけられるような物語がありますよね。
「どうしてあの無敵のバルドルが死んでしまったの?」と、不思議に思う方も多いはずです!
この物語は、神々の世界に漂っていた“かすかな不安”が、ある日とつぜん形になってしまうという、大きなテーマを含んでいます。そして、後に起きるラグナロクにも深くつながる、北欧神話屈指の重要エピソードでもあるんです。
本節ではこの「バルドルの死」を、登場人物・物語のあらすじ・その後の影響──という3つの視点に分けて、ざっくり楽しく紐解いていきたいと思います!
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この物語の中心にいるのがバルドル。オーディンとフリッグの息子であり、光と清らかさ、そして喜びを象徴する神です。誰からも愛され、争いとは無縁な、まさに「神々の希望」のような存在でした。
母であるフリッグは、息子を守るため世界中のあらゆるものに「バルドルには害を与えないで」と誓わせます。石も木も火も鉄も、すべてが約束したのです。
そして、ここに不吉な影を落とすのがロキ。彼はずる賢く、神々の油断を見逃しませんでした。
フリッグが見落としてしまったのが、ほかの植物たちにまぎれて生えていたヤドリギ。
小さくて弱々しく、あまりにも頼りなさそうだったため、フリッグは「こんな植物がまさか害になるはずがない」と考え、誓わせなかったんですね。
しかし、この一本の植物が、のちに北欧神話最大の悲劇の鍵となってしまうのです。
バルドルが無敵になったことを面白がった神々は、彼に向かって槍や石を投げつける遊びを始めます。それらはすべて、誓いのおかげで傷ひとつ与えません。
みんなが笑いながら遊んでいるその場に、ロキだけは奇妙な視線を送っていました。
ロキはフリッグのもとへ変装して近づき、「世界のすべてが誓ったのですか?」と問いかけます。
そこでフリッグは思わず、ヤドリギだけはまだ幼かったから誓わせなかったと口にしてしまうのです。
ロキはすぐにそのヤドリギで矢(あるいは槍)を作り、バルドルの盲目の兄弟ホズに渡します。
「これを投げれば、あなたも兄上の遊びに参加できますよ」とささやきながら。
何も知らないホズがヤドリギの矢を投げると、矢はまっすぐバルドルの胸に突き刺さり、光の神はその場で崩れ落ちます。
その瞬間、アースガルズから光が消えた──と語られるほどの衝撃だったのです。
バルドルの死は、北欧神話におけるラグナロク(神々の終末)の始まりとも言われています。
神々は深い悲しみに暮れ、世界全体が暗い影に包まれたかのようだったと伝えられています。
フリッグは息子を取り戻すため、冥界の女王ヘルのもとへ使者を送ります。ヘルは「世界中のすべてがバルドルを悼むなら返そう」と言いますが、どこかでただ一人、涙を拒んだ者がいました。
その者の正体については諸説ありますが、神々は「ロキが化けていた」と考えました。
バルドルが冥界から戻れなかったことで、神々は決定的に弱体化していきます。
未来を見通すオーディンは、これがラグナロクの前触れであることを悟り、ますます不安を抱えるようになりました。
やがてラグナロクが始まると、バルドルは戦いが終わった後に冥界から戻り、新しい世界で中心的な役割を担うとされています。 つまり、バルドルの死は“終わり”でありながら“新しい世界の幕開け”でもあったんですね。
というわけで、「ヤドリギの矢とバルドルの死」は、北欧神話の中でも最も象徴的で、美しくも悲しい物語でした。 バルドル、フリッグ、ホズ、そしてロキという主要な登場人物が織りなすこの出来事は、後の世界をゆるがすほどの大事件となりました。
一本のヤドリギが、世界の未来を変えてしまう── その小さな矢が落とした影が、やがてラグナロクへと続く大きな波紋になっていくというのが、この物語の深い魅力なんです。
光が失われても、再び戻ってくる未来がある。
それこそが、この神話が静かに語りかけてくる希望なのかもしれません。
🌘オーディンの格言🌘
光は常に続くものではない──ゆえに、バルドルの輝きは、あまりにも儚く美しかった。
わしの息子であり、わしらの希望であったあの神は、ヤドリギという細き毒により堕ちたのじゃ。
ロキの企て、ヘズの手──だが、それすらも「運命の糸が紡いだ不可避の裂け目」に過ぎぬのかもしれぬ。
悲しみに満ちたこの出来事は、ラグナロクという終末の鼓動を早めたにすぎん。
されど、バルドルの名は忘れられぬ。
たとえ冥界にあろうとも、その魂は新しき世界でまた昇る。
闇は来る、だが夜明けもまた、その背後に息づいておるのじゃ。
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