


嫉妬からシヴの髪を刈り取るロキ
ロキが嫉妬と悪戯心から眠るシヴの金髪を刈り取る北欧神話の一幕。
後にドワーフに黄金の髪を作らせる発端となる場面。
出典:『How loki wrought mischief in Asgard by Willy Pogany』-Photo by Willy Pogany/Wikimedia Commons Public domain
神々の世界って、どこか遠くて高尚なもの──そんなイメージがあるかもしれません。でも北欧神話をのぞいてみると、意外にも神さまたちはとても人間らしい感情で動いているんです。中でも、「嫉妬」は、神々のあいだで数々の事件を引き起こす大きな感情のひとつ。
他人の美しさがうらやましかったり、自分の地位が脅かされたり、誰かの愛を独占したかったり…そういう気持ちが、思いがけない事件や悲劇につながることもあったのです。
本節ではこの「北欧に伝わる嫉妬エピソード」を、いたずら者ロキ・復讐に燃える女神・美の奪い合い──という3つに分けて、じっくり紹介していきたいと思います!
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まず紹介するのは、いたずら好きとして知られるロキが引き起こした、有名なトラブルの一つです。
雷神トールの妻であるシヴは、その金色の美しい髪で知られており、多くの神々に称賛されていました。
この出来事については、「ロキがシヴの人気に嫉妬したから」という解釈もありますが、これはあくまで後世に語られる読み方のひとつなんですね。原典では、ロキが理由もなく思いつきで悪ふざけをすることが多く、この事件も“衝動的ないたずら”として描かれることが一般的です。
ロキはある夜、眠るシヴに忍び寄り、彼女の髪を根元からすべて切り落としてしまうという大胆な悪戯をしてしまいます。もちろん、翌朝気づいたトールは激怒し、震えるほどの怒りをロキにぶつけたといわれています。
ロキは命からがら謝罪し、「元の髪より優れたものを必ず用意する」と誓うことで、なんとか命をつなぐことができました。そこで彼は地底へ向かい、名高いドワーフたちに頼み込んで、金で作られた魔法の髪を完成させてもらうことになるのです。
“嫉妬”という解釈も語られる一方で、ロキの軽率ないたずら心が神々の宝を生み出すきっかけになった──そんな皮肉めいた魅力が、この逸話の面白さでもあります。
次に取り上げるのは、知識と詩の力を宿す「詩の蜜酒」をめぐる、少し複雑な物語です。
この蜜酒は飲んだ者に詩作の才と深い知恵を与えるとされ、とても強い魔力を秘めていたんですね。
それを守っていたのが、巨人スットゥングの娘グンロズでした。彼女は父から蜜酒を託され、決して他者に渡してはならないと厳しく命じられていたと語られています。
そこへ姿を変えて近づくのが、アース神族の長であるオーディンです。彼はどうしても蜜酒を手に入れたくて、さまざまな策を巡らせながらグンロズに接近します。
オーディンは彼女に優しく語りかけ、信頼を得て、やがて恋人のような関係にまで入り込んでいきました。けれど、その裏側には最初から「蜜酒を奪う」という明確な目的があったんです。
グンロズは父から託された宝を守る責務と、オーディンへの思いの間で揺れ動き、結果的には大きく裏切られることになります。最終的にオーディンは蜜酒を三度にわけて飲み干し、鷲の姿に変じてアースガルズへ逃げ帰ったと伝えられています。
この物語に「嫉妬」を読み取る解釈もありますが、これはあくまで象徴的な読み方の一つにすぎません。むしろ、ここで語られるのは知識を独占しようとする執着と、愛情すら策略として使ってしまうオーディンの狡賢さなのかもしれませんね。
最後に紹介するのは、美と愛の女神フレイヤが名前だけ関わる、どこか不思議で皮肉めいた逸話です。
ある時、アースガルズにひとりの巨人が姿を現し、城壁を築く代わりにフレイヤを嫁に欲しいと要求しました。神々は「どうせ完成などできまい」と高をくくり、その条件を飲んでしまいます。ところが、巨人の馬スヴァジルファリが驚異的な力を見せ、工事は思いのほか順調に進んでしまうのです。
このままでは、フレイヤが巨人に引き渡されてしまう──そんな危機が迫ります。
追い詰められた神々は、またしてもロキを呼び寄せました。
ロキは雌馬へと姿を変え、スヴァジルファリを巧みに誘惑して現場から連れ去り、巨人の作業を不可能にしてしまいます。この一件によって条件は破られ、フレイヤが奪われる事態は避けられたと語られています。
この物語については、フレイヤが“報酬”として扱われかけた状況に対し、侮辱や屈辱に近い思いを抱いたと解釈されることもあるんですね。とはいえ、これは後世の読みであり、原典が彼女の心理を明確に描いているわけではありません。
それでも、価値ある存在が「ただの取引材料」にされることの理不尽さは、想像に難くありません。「誰かに選ばれること」そのものが、必ずしも喜びとは限らない──この逸話には、そんな静かな示唆が込められているようにも思えます。
というわけで、本節では北欧神話とその周辺の伝承から、「嫉妬」をめぐる3つの物語をご紹介しました。
ロキの嫉妬が生んだ髪の事件、蜜酒をめぐる独占欲と欺き、そして自尊心を踏みにじられたフレイヤの苦悩──。
神々だって、比べられたり、奪われたり、裏切られたりすると、心がざわつくんです。
神話のなかの嫉妬って、ただの感情じゃなくて、「何かを大切にしていた証」なのかもしれません。
人間くさい感情が描かれているからこそ、こうしたエピソードは今の私たちにも深く刺さるんですね。
🔥オーディンの格言🔥
神の座にあっても、わしらは決して感情の外にはおらぬ。
怒り、哀しみ、そして──嫉妬という焔もまた、我らの魂を揺らすのじゃ。
ロキの悪戯は、己が影を映した鏡にすぎぬ。蜜酒をめぐる欺きもまた、執着が生んだ影の契り。
フレイヤの沈黙には、誇りを踏みにじられた者の痛みが潜んでおる。
人が羨む心を抱くのは、守りたい「何か」を持つからこそ。
ゆえに、嫉妬は卑しきものではなく、心の奥にある「願い」の証と知れ。
感情を持つがゆえに、わしらは争いも嘆きも繰り返した──
だがそれが、物語となり、記憶となり、風に乗って伝えられておるのじゃ。
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