北欧神話の乗り物一覧

北欧神話に登場する「乗り物」

北欧神話の乗り物は、単なる移動手段を超えて神々の力や性格、宇宙の仕組みを象徴している。トールの馬車やフレイヤの猫車は自然と結びつき、スキーズブラズニルや太陽の馬車のように風や光を制御する力を示す。そしてオーディンの八脚馬スレイプニルは異界や運命を越える能力を持ち、神々の知恵と自由を体現する象徴といえる。

神々の世界を駆ける象徴たち北欧神話の「乗り物」を知る

スレイプニルにまたがり槍グングニルを掲げるオーディン

愛馬スレイプニルにまたがるオーディン
スレイプニルは、ロキが変身した雌馬と巨人の馬スヴァジルファリとの間に生まれた馬とされる。

出典:『Odin holding Gungnir atop Sleipnir』-Photo by Lorenz Frolich/Wikimedia Commons Public domain


 


神話の世界では、神さまたちが空を飛んだり、海を渡ったり、地の果てまで旅するのって、当たり前のことのように描かれますよね。


でも、それを可能にしているのが神々の乗り物たち。馬車や動物、空飛ぶ船まで、とんでもない性能を持ったものばかりです。それぞれがただの移動手段ではなく、神の力や性格、さらには宇宙の仕組みにまで関わっているのが、北欧神話の面白いところなんです。


特に有名なのが、あの「脚が8本ある馬」──ロキと巨人の馬から生まれたスレイプニルですよ!


というわけで、この章では「北欧神話の乗り物たち」をテーマに、神々の権威を示す神聖な乗り物・自然界の力と結びついた霊的存在・異界と運命をつなぐ象徴的な乗り物の3つに分けてご紹介していきます!



神々の移動を支える乗り物──神聖な力と威厳の象徴

トールの戦車を引くヤギ、タンニグリストとタンニョースト(片脚を痛めた場面)

トールの戦車を引くタンニグリストとタンニョースト
巨人ヒミルとの一件の後、復活させたヤギのうち一頭が足を痛めていることに気づく場面。

出典:『Tanngrisnir and Tanngnjostr by Frolich』-Photo by Lorenz Frolich(1820-1908)/Wikimedia Commons Public domain


 


神さまたちの乗り物は、まさにその神格や力の象徴です。


たとえば、雷神トールの乗る馬車は、2頭のヤギ──タンングリスニルとタンニョーストルによって引かれています。この馬車は空を走り、轟音とともに稲妻をもたらすんです。


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ただの交通手段じゃない

トールの馬車のヤギたちは、戦いの後に食べられ、また次の日には復活するという不思議な能力まで持っています。


それぞれの乗り物が、神の力の一部であり、神話の中で生きている──そんなふうに考えると、ただの動物や乗り物とは思えなくなってきますよね。


また、豊穣の女神フレイヤは、猫たちが引く馬車に乗って移動します。この馬車もまた、フレイヤの美しさと自由さ、そして魔術的な性格を表す乗り物なんです。


❄️神々の移動を支える乗り物❄️
  • トールの馬車:二頭の巨大な山羊(タンングニョーストルとタンングリスニル)に曳かれる馬車。天空を轟音とともに駆け抜け、雷と嵐の象徴でもある。神の戦いへの迅速な出動を支える。
  • フレイヤの馬車:猫が曳く優雅な馬車で、愛と美、豊穣を司るフレイヤの性質を反映している。神聖な優美さと力強さが共存し、しばしば神々の間の仲裁や外交にも用いられる。
  • ニョルズの船(ネイル号):海と航海の神ニョルズが用いるとされる神聖な船。風と波に調和して進むその姿は、自然との共生と海路の守護を象徴し、静かなる移動の神格を体現する。


自然と結びついた乗り物──風・海・空を駆ける霊的な具現

折りたためる魔法の船スキーズブラズニルの挿絵

魔法の船スキーズブラズニル
ドワーフ(イーヴァルディの息子たち)が作った宝物のひとつで、
必要ない時は懐に収まるほど小さく畳め、どんな風でも順風で航行できるとされる。

出典:Photo by Elmer Boyd Smith/Wikimedia Commons Public domainより切り抜き


 


北欧神話では、自然の力と乗り物は強く結びついています。


たとえば海神ニョルズの息子、フレイが持つのは、空も海も走れる不思議な船「スキーズブラズニル」。これはドワーフが作った傑作で、使わないときはポケットサイズにたためるというのだから驚きです。


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乗り物=自然を制御する手段

スキーズブラズニルは、ただ移動するだけでなく、「風を操り、海を越える力」の象徴でもあるんですね。


同じく、空を駆ける乗り物としては太陽の馬車も欠かせません。太陽の女神ソールが馬車に乗って天を走るとき、あまりに光が強すぎて世界が焼けそうになるため、スヴァリンという盾で熱を抑えている──そんなエピソードもあります。


こうしてみると、乗り物は神々が自然の力を制御しながら使いこなすための“道具”でもあったんですね。


❄️自然と結びついた乗り物❄️
  • フレイの船(スキーズブラズニル):風に逆らわず常に順風を受けて進む魔法の船で、海上だけでなく空中も航行可能。折りたためば小さな布のようになり、懐にしまえるとされる。豊穣と幸運をもたらす象徴的な船。
  • ソールの太陽馬車:太陽女神ソール(Sól / Sunna)が乗る馬車で、二頭の神馬アールヴァーク(Árvakr)とアルスヴィズ(Alsviðr)が曳く。馬たちは炎熱を和らげる魔具と共に走り、太陽の運行・昼と季節の循環を支える存在とされる。
  • ネルトゥスの聖なる車:古代ゲルマンの地母神ネルトゥス(Nerthus)の像を載せ、司祭が各地を巡行する儀礼用の神聖な車。大地の豊穣や平和の到来を象徴し、その旅路は人々に安らぎをもたらしたと『ゲルマニア』に記されている。


異界と運命をつなぐ乗り物──死・魔術・境界を超える手段

バルドルの悪夢を受け、オーディンがスレイプニルで冥界ヘルへ向かう場面

八脚馬スレイプニルでヘルヘイムへ向かうオーディン
バルドルの死を予言する不吉な夢の真相を探るため
オーディンが八脚馬スレイプニルに騎乗して冥府ヘルヘイムへ向かう場面。

出典:詩篇「Baldrs draumar(バルドルの夢)」の挿絵-Photo by W. G. Collingwood/Wikimedia Commons Public domain


 


北欧神話の乗り物の中には、この世とあの世をつなぐ特別な意味を持つものもあります。


その代表が、主神オーディンの乗る馬スレイプニルです。脚が8本あるこの馬は、空を駆け、大地を越え、死者の国ヘルヘイムにまで自由に行ける存在。


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スレイプニル誕生の驚きエピソード

実はこの馬、ちょっと変わった生まれ方をしているんです。


ロキが変身した雌馬が、巨人の持つ優れた馬「スヴァジルファリ」を誘惑して生んだ子どもがスレイプニル──つまり、ロキが「お母さん」になったという驚きのエピソードです。


そうやって生まれたスレイプニルは、常識の境界をこえた存在であり、「どこへでも行ける」という自由の象徴でもあります。


オーディンがこの馬に乗って異界を旅する姿は、死や運命、魔術といった深いテーマと密接に関わっていて、まさに“神話の知恵の結晶”と言えるでしょう。


そんなふうに考えると、北欧神話の乗り物は、ただの乗り物ではなく、神々の本質や世界観そのものを体現する存在なのかもしれませんね。


❄️異界と運命をつなぐ乗り物❄️
  • スレイプニル:オーディンが騎乗する八本脚の神馬で、九つの世界すべてを自在に駆ける。死者の国ヘルヘイムにも降りることができ、知と死、予言と戦いを結ぶ聖なる移動手段として語られている。
  • ナグルファル:死者の爪で作られたとされる巨大な終末の船で、ラグナロクの時に巨人族の軍勢を運び出す。多くの伝承ではロキが舵を取るとされ、死と破滅、そして終末の加速を象徴する忌まわしい乗り物。
  • ビフレスト:神々の国アースガルズと人間界ミズガルズを結ぶ虹の橋。見た目は橋であるが、空間と運命を横断する神秘的な「渡し場」として機能し、霊的通路でもある。


⛵オーディンの格言🐎

 

この世界に“旅”がある限り、わしらは歩みを止めぬ。
神々の乗り物とは、ただ速く進むための手段ではないのじゃ。
空を駆け、海を越え、死の彼方までも到達する──それは知恵と覚悟の象徴よ。
スレイプニルの八本の脚は、わしの問いを運び、答えなき境界を踏み越える。
トールの雷鳴も、フレイの帆風も、フレイヤの優雅な足取りも──皆、神々の“在り方”そのものを映し出しておる。
道具にして理念、動力にして詩。
移動の先に何を見るか、それが“神話の乗り物”というものなのじゃ。